第6話


 朝日が射し込む廊下を歩いていると、規制線が貼られているのを目にした。

 人目につかないよう、こっそりと様子を見る。

 

 「こちら第三班、以上なし」

 「……どうっすか」

 「例の魔法薬学者ファーマシスト、意識戻らないみたいだな。容態は落ち着いてきたらしいけど、予断を許さない状況だって」

 「西にここまで傷を負わせるなんて。つーか、もし今マルバノが来たらどうするンスか俺ら。死ぬぜ、きっと」

 「いや、お前……それ笑いごとじゃないから」

 「――ええ、それは全く笑えないわ」

 「えっ、ちょっ……ネリちゃん!?」

 

 規制線の前に配置された警備隊ポリッシスにヅカヅカと割って入る。彼らの会話の内容が信じられず、いても立っても居られなくなってしまったのだ。

 名家フランダールの当主、ネリの父親は警察機関にも勿論顔が効く。警備隊員は少女の顔を見るなり、慌ててたたずまいを正し敬礼した。

 若い方の警備隊員は入隊仕立てなのか、彼女の顔と名前が一致していないらしい。

 

 「こんな早朝にどうした? かわい子ちゃん♡ 授業はまだだろ〜?」

 「もっ……申し訳ありませんっ!! 勤務中に私語など――おいっ! 軽口を聞いていいヒトじゃないんだ馬鹿っ……ルグレ・フランダール宰相さいしょうのお嬢様だぞ!!」

 「いえ、父とあたしは違うので。そんなかしこまられても困ります。……そんなことよりも、聞きたいことがあるのですが」

 「宰相のむすめさんって、こんな美人なん――」

 「お前本当にクビになりたいのかっ!?」

 

 話が進まず、少女の顔に青筋がたつ。

 そんなネリを見て暴れ出すのではないかと、心中しんちゅう穏やかでない少年は、ハラハラしながら彼らのやり取りを後ろから見守っていた。

 すると、そんな挙動不審な少年に気付いたチャラい警備隊員がにこやかだった表情を一変させる。

 

 「……先輩、コイツ」

 「だっからお前――……お前、まさかマルク・クレルか」

 

 突然、矛先ほこさきが変わりギラりとにらまれたからか。

 少年はネリの背中に隠れるように移動しようとする。しかし、若い警備隊員はそれを既で阻止し、マルクの腕をひねり上げた。

 

 「ちょっと、何をしているのっ」

 「危険です、ネリ様。離れてください」

 「危険ですって? 彼はあたしの友人よ、勝手なことは許さないわ」

 「そうは言いましても、司法高官ジャスティシアの命令なんです」

 「――なん、ですって?」

 

 少女の説得もあり、一先ひとまず捻り上げられた腕は解放してもらえたマルク。だが、その手首には鉄錠が代わりにめられた。

 

 彼らの話によると、まだ日も登らない頃。

 沿革えんかく万華鏡カレイドスコープの中にいた少女を置いて、マルバノの気配を感じたエイダは図書館を出た。そしてひとり、校舎を練り歩く赤髪の魔法使いと対峙した叔母さまは最終的に意識を失わされるほどの『幻覚魔法アリュ・シ・ナシオン』を受け、救急搬送されたというのだ。

 そのあと、大指導主グランドデュークが駆けつけた時には既に犯人は逃亡しており、血にまみれた彼女がそこに倒れていた。

 廊下に掛けられた絵画から『天然パーマの赤い髪をした少年が、闇の魔術を使い西の魔女をなぶり痛めつけていた』と証言を得た大指導主は、司法高官の元へ伝令を出し少年を捕獲対象とした。見つけ次第、拘置所に輸送する手筈てはずとなっており、その為規制線を貼り監視していたという。

 

 「そんなのおかしいわ。だって……」

 「申し訳ありません、その、俺達下っ端では何とも」

 「ん〜まあ、言われればだいそれたコト出来そうなタマじゃねぇもんなぁ、お前」

 「でしょう? 幻覚魔法アリュ・シ・ナシオンどころか、この子……闇属性の魔法すらまともに扱えないのに。座学で単位取れたようなものじゃない?」

 「――あの、なんだか酷い中傷を受けている気がするんだけど」

 「あなたの無実を証明してあげようとしているだけよ」

 

 叔母さまの意識が戻りさえすれば、確実に無実を明かせるのに。

 このままでは彼は拘置所に入れられて、尋問を受けることになってしまう。アリバイがなければ最悪、傷害罪で刑務所行きだ。それだけは避けなければならない。

 

 「宰相のお嬢さん、とりあえずさ……俺達に任せてみ?」

 

 きょをつかれた少女は、長い睫毛まつげを揺らした。若い警備隊員は何を考えているのだろう。そもそも、自分たちに手を貸して何の得があるというのだ。

 

 「俺は無実の奴に罪を被せようとするヤツが許せない。まして、こんな子供にな。どう見たって他人に攻撃出来るような男じゃないことは目を見りゃ分かるよ。――さっきは仕事柄、咄嗟とっさに手を上げちまったけど。悪かったな」

 「いえ……そんな、ボクの方こそお騒がせしてしまって」

 「任せろったってどうするんだ? 俺達に出来ることなんて限られてるだろ」

 「命令にそむくことはしませんよ。その方がコイツの立場が余計悪くなるし。俺が拘置所へ連行して時間を稼ぐあいだに、西の魔女様を回復させられりゃあ」

 「エイダの――」

 

 マルクを、叔母さまを救いたい。

 そう願った少女の胸元に熱がともる。

 身体の中に眠る賢者の石の魔力が、共鳴するのを感じた。

 

 「わかったわ。信用は出来ないけど……今はあなた達に頼る他ないもの。マルクをお願いします。けれど、この子に何かあったら許さないわよ」

 「勿論♪ そのかわり無事に事が済んだらデート、してくれよ?」

 

 何故、こうも軽口を言うタイプの男に好かれるのかと、不意にホテルに居るはずのウルルクを思い出し乾いた笑いが出る。

 だが、如何いかにも真面目で堅物な男よりは信頼できるかもしれない。

 ネリは差し出された手を取った。

 

 「――いいわ。それくらいおやす御用ごようよ」

 「ダメだ」

 

 大人しく聞いていたはずの少年は、こればかりは黙っていられないと口を挟む。自分に好意を向けている男はもう一人、この場にいたのを失念していた。

 でも、こうするほかないのに。

 

 「どの口が言うの、マルク。あなたの為に協力してくれているのよ」

 「で……でも」

 「赤毛のガキンチョ、もう時間はねぇよ。決めな」

 「決めな、って」

 「刑務所ムショへ入るか、無罪を証明してあたしの元へ帰ってくるか。大丈夫、あたしが絶対迎えに行くわ。だから安心してその人と待っていて」

 「きもたま座ってますね……お嬢様って」

 「玉は余計よ、タマは」

 

 三十路みそじ男と若いツリ目の男、そして蒼眼そうがんの少女に見つめられ、マルクは口腔内のつばを飲み飲んだ。

 

 「わかった……けど、約束してネリちゃん。今度は絶対に、勝手に居なくならないって。ひとりで危険なことはしないって」

 「――ええ、わかったわ」

 

 約束は出来ないけれど、善処ぜんしょはするつもりで答えた。

 若い警備隊員は八重歯を出し、度重なる無礼な態度も憎めない笑顔で笑った。マルクの天然パーマを雑に撫で回すと、少女に向きなおる。

 

 「デクリオ、本当に時間がないぞ。行くなら早く連れて行った方がいい」

 「……そうっすね。悪いようにはしねぇから安心しなってテンパくん。んじゃ、トルーパー先輩はこのままお嬢さんを病院へ」

 「テンパじゃなくて、マルクです」

 

 デクリオと呼ばれたチャラい警備隊員は、無線を取ると本部へ『少年を確保した』と連絡を入れる。

 こちらを見るマルクに後ろ髪が引かれつつもう一人の警備隊員、トルーパーにうながされ、少女はその場から立ち去った――。

 

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