第6章 エルフを愛した賢者

第1話


 人間との長きに渡る戦争が終結し、世界は七つの国にわけられた。

 その内のひとつ、フィラデルフは人間の王族である『アルドリッヒ家』と、魔法使い最高権力者である『大指導主グランドデューク』がおさめる事となる。

 戦後の混乱もあり、国に住む者たちからは賛否両論が飛び交っていた。

 魔法使い側の優位で終結した第一次魔界大戦。

 自分たちが世界の覇者であり、敗者である低俗な人間はその如何なる身分も剥奪はくだつし、奴隷として国に仕えさせるべきだ――と、国中から声が上がる。

 人間側からの一方的な攻撃が引き金となった魔界大戦では、幻獣族ケモノたちも少なからず被害をこうむり、昔から人と深く関わりのあった小人族ドワーフは、人間側の戦士としていくさに駆り出されることもあった。

 魔法使いと人間のあらそいに、とうとき幻獣をも巻き込んだ事を、彼らを崇拝すうはいしていた魔法使いたちは許せなかったのだ。

 しかし大指導主は小人族ドワーフ幻狼族マーナガルム小神族エルフそして人間たちとの永久的な平和協定を結ぶことを提言する。

 元々、気位きぐらいの高い魔法使い達は当然のごとく彼を非難した。

 大指導主は 「魔法は平等であるべきであり、魔法使いだけのものではない。海も山も、この地球はみなの物であり誰にもそれを独占することは許されない」 ――堂々たる眼差しで国民の前で演説すると、次第に平和主義だった魔法使いや幻獣ケモノたちは彼の思想に賛同していく。

 

 そんな中、一部の過激派な魔法使いは叛乱はんらんを繰り返し国内の人間を迫害するようになる。――まだ人口魔法石ヌーマイトのない時代。

 武力だけでは魔法に対抗することは出来ない。フィラデルフに住む人間たちは当時、魔力を持たない者が唯一魔法を使用できるすべだった『幻狼の血』を求めた。

 山奥で静かに暮らしていた幻狼オオカミを襲い、女子供にも容赦なく斬りかかる人間たち。

 深緑が赤黒く染まる頃には、その地に住む幻狼族マーナガルムは数える程になっていた。

 強制的に魔力を得た人間は、魔法使いと再びやいばまじえ、フィラデルフは再び戦場と化したのである。



 国内で勃発する内部紛争の中、国家研究者である『ドルイド・フランダール』は大指導主のめいで、創世記より小神族エルフが守り通してきたという生命のみなもと『マナの』の研究をひそかにおこなっていた。

 マナの樹の存在は確かではなく、世界でもそれを知る者すら限られている。結界魔法に長けている小神族エルフに守られたそれは、未だ誰も目にした事がなく。文献は勿論のこと、形跡すらなにもないのだ。

 そして研究をしていた者達でさえ、その存在を否定しはじめる。

 研究所の中で一番マナの樹に対して執着しゅうちゃくしていた青年は、とある地方から膨大な魔力の検出があったことを皮切りに、その場所について事細かに調べた。

 地図上にはない、異空間にでも存在するのか。

 無限に湧き出る魔力など、もし本当にあるとすれば世紀の大発見だ。 

 ――しかし、彼の論文はあまりにも現実的ではなかった。

 やがて同じ研究所職員は誰も耳を貸さなくなる。

 ただひとり、大指導主を除いて。



 危険だが、現地視察をしてみない事には先に進めない。ドルイドはフィラデルフ国の最北に位置する村へ、たったひとり向かうことにした。

 エルフたちがすむ小さく美しい村。

 白を基調とした家屋が建ち並ぶそこは、まるで聖女たちが住まう楽園のようだと、すれ違った吟遊詩小人たびびとうたっていた。




【最北の緑豊かなエルフの村:トルン】

 この地にマナの樹がるとにらんだドルイド博士は、バックパックひとつでトルンに向かった。屈強くっきょう小神族エルフが唯一の出入口である門を守っていて、個人的に訪れた彼は大指導主の名を出すことも出来ず、門前払いされてしまう。

 各地で起こる暴徒ぼうとによる幻獣への殺戮行為。

 神聖なる小神族エルフを奴隷として扱い、しいたげている町があると、都市部リオンでも耳にしていた。

 ゆえに幻獣以外の種族へ強い警戒心を持った彼らは、魔術師メイジであるドルイドでさえ受け入れてはくれなかった。


 当初、魔法使いに対抗する為にという名目で行われていた幻獣ケモノ狩り。

 国に住む幻狼族マーナガルムは半数以下まで数を減らした。一族の血が、これ以上流れることを危惧した彼らは人々や魔術師が立ち入ることの出来ない氷山へ逃げ隠れたという。

 幻狼の血が手に入らなくなった人間たちは、小人族ドワーフを盾のように使い、果てには精霊をあやつる高貴な幻獣、小神族エルフにまで手を回したのだ。

 

 「人間だって、魔法使いだって……種族関係なく平和を願っている者も少なくないのに。大指導主様の考えは正しい、どうして彼らはそれが分からないんだろう」

 「ヒトは知性の実を与えられてしまったから。何を正しいとするかは、それぞれの自由じゃないかしら? ――正しいからと言って危害を加えるのは間違ってるとは思うけど」

 

 村へ入ることが許されず、森に流れる川で身体を流していたドルイド。

 背後から声をかけられ、そのんだ美声に驚いたのか。足を滑らせ川の中へ尻もちをついてしまった。

 

 「ここは立ち入り禁止よ。エルフ以外ね」

 

 白い装束に身を包んだ、この世の者とは思えないほど美しい女性。袖を捲った彼女は、水に浸かったままの男へ手を差し伸べた。

 

 「ごっ、ごめん……村へ入れてもらえなくて」

 「それでここで野宿を?」

 

 長い耳に絹のようなホワイトブロンドの髪を掛け、彼女は聖女のように微笑む。エルフの手を掴むと、思いのほか力強い腕力に、軽々と腕を引かれてしまう。

 

 「魔法使いが、なんの用かしら」

 

 マナの樹については手の内の情報を漏らすわけにはいかない。しかし、小神族エルフである彼女になら打ち明けても大丈夫なのでは……と、ドルイドは考えた。

 小神族エルフいにしえより守ってきたらしき希望のチカラ。むしろ、彼女が導いてくれるのではないかとまで思っていたのだった。

 

 「――知らないわね、そんなもの」

 「そう、だよね。やっぱりマナの樹なんてモノ、あるわけないんだ。そんなものが存在していたらとうの昔に争いの火種として使われてるはずだもんな」

 「ないとわかったなら……即刻、立ち去ることね」

 

 清廉なエルフはそう言って森の中へ消えていく。

 びしょ濡れで残された男は薪を集め暖を取ったが、その日の夜は夏だというのに一段と冷え込んで。震える身体をひとり抱えながら一夜をすごした。


 ――翌日。

 鼻をすすりながら辺りで感じる魔力の元を辿っていた青年は、昨日の水浴びがたたったのかグラグラとしはじめた視界に膝をついてしまう。

 慣れない土地ともあり、元々身体の強くない彼は熱を上げていた。

 そのまま地面に倒れ込んだドルイドは、百合の花が薄まったような、清楚な香りに包まれる。意識を失う寸前、何故かエルフの顔が横切った。

 


 小神族エルフ神官しんかんである『ドドナ』は、野草生えわたる森の中。侵入者の気配を察知し、トルン村から足を運んだ。

 そこで、昨日出会った魔術師の青年が倒れているのを見つけてしまう。

 神に仕えるものとして、放っておくことはできない。

 村へ連れ帰り彼が目を覚ますまでと決めて、看病することにした。

 ――結局、人の良いエルフは甲斐甲斐かいがいしく世話を焼き、そのおかげか。夕方に差しかかる頃には男の熱も下がりはじめていた。

 

 それから数日が経ち、体調も回復したドルイドは彼女の居ない間に村を出ることを決意する。マナの樹の証明も出来ないのなら、この村にいる必要はない。

 献身的に看病や身の回りの世話をされた青年は、女性慣れしていないせいか。気付いた時には、きよらかなる聖女のようなドドナに心を奪われていた。

 対して、はじめこそ疑いのまなこで見ていた彼女。ドルイドと話していくうちに、彼が飢餓きがも争いもなく、命持つものが魔法という奇跡で幸せになれる世界を望む……心優しい魔術師だと知ってしまう。

 徐々に惹かれあう小神族エルフ魔術師メイジ

 気持ちが通じ合うのに、そう時間は掛からなかった。

 しかし異種族間での恋愛は禁止されていた時代――。

 魔法使いや人間が、幻獣の持つ魔力欲しさに結ばれようとする可能性があったからだ。中には海を渡り、純粋な気持ちから異種族との婚姻を認めている国に逃亡しようとした者達もいたが……。みな、国境を渡る前に捕まっていたという。

 純潔でなければならない神官である彼女なら、尚更。

 ――結ばれることのない恋。

 研究第一だった青年は、生まれてはじめてだった恋情に蓋をした。ドルイドはそそくさと荷物をまとめる。

 だが運悪く、丁度礼拝から戻ってきたドドナに見つかってしまった。


 ――神官じぶんの立場を捨てても貴方と一緒にいたい。


 彼女から出た言葉に、ドルイドは苦虫を噛み潰した。

 

 「遠い未来、この世界が本当の意味で平和に……種族関係なく平等になったなら」

 「……いいえ、それはそう遠くない未来よ。マナの樹があれば、人間でも幻狼の血に頼ることなく魔力を手にすることが出来るもの」

 「――ドドナ、それは」

 「皆が平等な力を得れば、あらそいはなくなる? 幻獣ケモノが虐げられることもなく、自由に生きることが出来る? 種族が違っても……、一緒に居ることが許される――?」


 青年と出会い、彼や大指導主が『平和の為に』マナの樹を求めていると知った彼女。一層のこと、魔法が無くなれば……とも、考えた。

 しかしそれは、魔力で生命を維持している幻獣たちにとっては死を意味する。

 だとすれば、残る方法はひとつ。人間も魔力を持てるようになることが、平和へ繋がる一歩となるかもしれない。ドドナはそう考えにいたったのだ。

 ――いや、この時彼女は神官である身分を忘れ、ただひとりの女として青年と暮らす未来を求めていただけなのかもしれない。

 今となっては、ドドナの真意は分からない。

 小神族エルフの神官以外の侵入を禁じている村のおきてを破り、彼女は自らが守ってきた神殿へ彼をいざなってしまうのだった。

 

 

神殿ボステムプル

 水の湧き出る垂水たれみずの中、石段を進むと中に浮かぶ大樹が神々こうごうしくそこにった。透き通った水はキラキラとまたたき、飛沫しぶきをあげる。水面に叩きつけられたしずくは跳ね返り、大樹を囲うようにして咲き乱れる赤橙色の花を濡らす。

 それが朝露あさつゆのようで、妖美なタイガーリリーの花をより美しく魅せていた。

 清らかなユリにも似た香りがただよう人の世とは思えない幻想的な空間に魅了され、口が半開きになっていることをドドナに指摘される。少年のように双眸を輝かせたドルイドは、恥ずかしそうにはにかんだ。

 地球上、すべての生きとし生けるものの魔力の根源。

 ――『マナの樹』はたしかに存在していた。

 


 それから数日にわたり、彼女の協力を得て神殿を調査したドルイドは、一旦いったんリヨンへ戻ることを決める。

 調査結果を大指導主へ報告次第、すぐに研究へ取り掛かるつもりだ。人口的に魔力を蓄積したモノを、マナの樹から授かったエネルギーから作り出せれば。

 いずれ人間も、魔法使いや幻獣と同じように生活をすることが可能になるはずだ。


 ――惹かれあった小神族エルフ魔術師メイジは、彼が目指した世界でまた再会できることを夢見て、互いに別れを告げた。

 

 

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