第2話


 マナの樹から抽出したエネルギーを分配し、人口魔法石ヌーマイトへ錬成する研究は、はじめてから二年が経過していた。

 連日の徹夜明け。眠たいまなここすりながら研究室で仮眠をとっていたドルイドは、ザワつく研究員たちがうるさく、中々眠れないでいた。

 

 「あそこって研究対象ですよね……大丈夫なのかな」

 「小神族エルフが結界を張っているはずだろ?」

 「いや、だから司法高官ジャスティシア様が言ってたんだって! 俺、たまたま出くわしちゃって」

 「ただでさえ貴重な小神族エルフを虐殺なんて……人間は何を考えてるんだか。万が一『マナの樹』の情報が漏洩して、それを狙ってのことだとしたら大問題――」

 

 普段、寛厚かんこうなドルイドが白衣を着た同僚に掴みかかる。見た事のない博士の形相ぎょうそうに、研究員たちは慌てふためいた。

 同僚たちが噂好きの研究員を引き離すと、ドルイドは自分がした行動に驚くも、依然いぜん青ざめた顔で研究員に頭を下げる。

 

 「すっ、すみません博士……。さっき研究データを渡しに大指導主グランドデューク様の所へ行った時に偶然耳に入れてしまって」

 「……いや、ごめん。せっかくの珈琲コーヒーが無駄になってしまったね。白衣も……弁償するよ。とりあえず、着替えは僕のを使うといい」

 「ドルイド博士、どちらへ――」

 「今日はもう上がるよ。君たちも手元の物が終わったら帰りなさい」

 

 それから。ドルイドはすぐさま大指導主の元へ向かった。

 執務室には司法高官ジャスティシアの姿はなく。

 彼は新しく精製したのであろう、やたらと大きな花瓶のような魔導具に張った水面を見つめていた。

 

 先程研究員に聞いた、小神族エルフ大量虐殺のうわさ

 問いただせばそれは事実であった。

 目の前が暗くなり、睡眠不足もたたり倒れ込みそうになる。

 

 「――数時間前の話です。正式に『人口魔法石ヌーマイト』の計画を進めるため、私の部下を派遣した矢先でした。その場にいた人間たちは残らず確保し、司法高官に身柄を引渡したところだったのですよ」

 「生存者は……」

 「部下が村へ着いた時には火の手が各所から上がり、遺体すら焼けていたと。村に居た生存者は、貴金属を漁っていた人間のみだと報告を受けています。ただ――」

 「……ただ?」

 「村外れの教会には、火を放たれていなかったようです。消火活動が終わり次第、そちらも調査するようには」

 「で、でしたらっ! 僕も同行します。可能性は低いけれど、アレの情報漏洩が元でこんな被害が出てしまったとしたら……それは間違いなく、僕の、責任ですから」

 

 

 

【最北の緑豊かな村:トルン】

 村は焼かれ、白煙はくえんすすが舞う。

 白く統一された美しい村の面影はなく、辺りは乾いた血の赤黒い色でそまっていた。村は閑散としていて、嫌な静けさに包まれたトルンの至る所に小神族エルフの遺体が転がったままになっている。

 ドルイドは地べたに並んだそれらの中に彼女の姿が無いことを確認すると、ドドナのやしきへ向かった。

 教会の扉は開け放たれていて、礼拝堂に逃げ込んだ小神族エルフたちは無惨な姿でしている。焼かれずに済んだとはいえ、教会の中は凄惨せいさんな状況に変わりなかった。心臓が痛いほど脈打つ。

 もっと早く、迎えに来ていれば。

 しかし、探しても探しても。どこにもドドナの姿は見当たらなかった。

 

 ――ゴン、ゴンゴンッ

 

 礼拝堂の椅子の下。

 色の変わったそこから、かすかに床を叩き上げる音が教会に響いた。

 長椅子を退けると、色の薄い床を剥がす。

 一メートル四方の鉄扉。取手を掴み、引き上げた。

 

 「――お、おねぇちゃ……ドドナお姉ちゃんは!?」

 「オジサン、誰なの――? にんげん、じゃないよね」

 

 梯子はしごが掛けられた薄暗い地下室へ繋がる鉄扉を支えながら、次々と出てくる小神族エルフの子供たちの手を引っ張りあげる。

 およそ十歳から零歳までの子供が数名、礼拝堂の地下で生きていた。

 胸を撫で下ろしたドルイドは少年たちを強く抱きしめると、ひとりひとり外傷がないか確認する。一先ひとまず怪我をした子供がいないことが分かると、村で作業をする魔法士パラゴンたちに預けた。

 

 地下にいた子供たちは一様に『ドドナ』のことを話していて。

 彼らの話を聞く限り、子供たちを避難させていた時すでに、血をしたたせ酷い怪我をしていたというのだ。自分たちを地下室へ連れてきた後、数分と経たず彼女はどこかへ行ってしまったという。


 護衛で連れてきた魔法士たちは、村唯一の生存者であった子供たちを見ている。

 ドルイドはその隙を見て森にある神殿へ走った――。

 

 

 ※※※


 

 結界で護られていたはずの神殿への道中。

 ゆがんだ森の中、弱った魔法の中を掻い潜るのは容易たやすかった。

 

 「ドドナ――!!」

 

 石段を駆け下り、倒れている聖女をゆっくりと抱き起こす。

 まだ息はある。

 

 「こども、たち……は」

 

 か細い声でささやく彼女に、無事に保護したことを伝える。

 涙ぐむ青年を見て、ドドナは天使のように笑いかけた。

 

 「あの子達が無事なら、よかった。――ねえ、ドルイド? こんな、ものがあるから。魔法があるから……ヒトはあらそうのよね。魔法なんて……なくなれば、いいのに」

 「わかった、わかったから……ドドナ。それ以上喋らないでくれ」

 

 治癒魔法ソワエンが追いつかないほど、傷は深い。

 幻狼の血から得た魔力を使ったのだろう。魔法でつらぬかれた腹部からは贓物ぞうぶつが見え、致死量を越えた出血がみられた。

 彼女から流れ出した鮮血は神々こうごうしく浮遊するを囲んだ掘りを赤く染め、んでいた清い水はその面影をなくしている。

 

 「でも、マナの樹がなければ、貴方と出逢えなかったのかなって。貴方の望んだ未来を思ったら――つことなんて……私、出来なかった」


 想いに答えるように、マナの樹が揺れ動いた。

 握っていた手は脱力し、石畳いしだたみに落ちる。

 

 「奇跡というものがあるのなら……貴方と同じ魔法使いとして生まれ変われたら、いいなぁ。神官、なんかじゃなくて、普通の女として――」

 

 心音しんおんが止まると同時に、神殿に張られた結界がけた。膨大な魔力だ、すぐにでもこの場所があきらかとなるだろう。

 ドルイドはかかえた小神族エルフを仰向けに横倒すと、マナの樹からあふれ出る魔力を自分に集中させた。

 これから行うのは禁忌きんきとされる行為だ。

 体内に宿やどるすべての魔力を放出し、青年は蘇生魔法をとなえる。

 

 ――死者はよみがえることは無い。奇跡に近い魔法を持ってしても。

 

 そらえがかれた光線ひかりのせんは流れる星のようにふたりへ降り注ぐ。その一粒一粒が彼女の肉体を刺し、一瞬。視界がかすむほど眩しい光が神殿を包み込む。

 目をつむり、掻き寄せたドドナの体躯からだは、それらと共に光となってはじけた。

 

 「こ、れは……どういうことなんだ」

 

 刺し込む光から守り、おおいかぶさるようにして小神族エルフを抱いていたはずの手の中には、彼女の姿はなく。

 かわりに、硬い何かがてのひらった。

 けるほど透明度の高い石は強い魔力をはなち、神殿に咲くタイガーリリーの花のように彩やかな橙色だいだいいろに輝いている。微かにその石からは、ドドナの魔力と、そして目の前に鎮座するマナの樹のエネルギーが感じられた。

 呆然ぼうぜんと血塗れた手の中のモノを見つめていると、空間が歪み、何者かが神殿へ侵入したことを知らせた。

 しかし、青年は動かない。

 見知った気配に、ドルイドは頬の涙をぬぐいその人物を待ち受けた。

 石段を叩きながら大指導主グランドデュークが現れると、青年の前へしゃがみこむ。握られた魔法石を見て、彼は静かに頷いた。


 「マナの樹を護りし小神族エルフの神官がいなくなった今、ここにアレをまつっておくわけには参りません」


 大指導主は転送魔法で魔導具『千古ミル水甕ヴァス』を呼び出す。ドルイドがここへ来る直前、目にしたものだった。


 「この神殿ごと、水甕みずがめの中へ封印します。フィラデルフ国の小神族エルフはもう、トルンの子供たちだけ。神官となれる子が現れるその時まで」


 マナの樹ほどの魔力を持った物を隠す結界を張ることのできるのは、清いたましいを宿す小神族エルフだけだ。

 こうなってしまった今、大指導主の手元に置いておくほかないだろう。

 

 「――して、手に握られたモノはこの世にあってはならないモノですね、ドルイド」

 

 神官である彼女の魂を媒体ばいたいにし、同等の魔力をもつ魔法石の生成を成功させてしまったドルイド。

 叶わずとも、死者を蘇らせようと禁忌をおかした彼への罰なのか。

 いや、せめてもの恩情か。

 水甕の中でその時が来るまで……いや、永遠にマナの樹と共に生きることを決意した青年は、大指導主の詠唱えいしょうがはじまり、そっと目を閉じた。

 

 「――……っ!!」

 

 ふくらんだ水甕は神殿ごとマナの樹を飲み込んだ。周囲を取り巻いていた夥多かたなエネルギーはそれと共に消え、神気で覆われた森はただの緑となっていた。


 「大指導主、様……これは一体」


 石がこばんだ。彼女が、青年と離れることを強く拒んだのだ。

 大指導主の発動した魔法さえ跳ね返すほどの力を持ったそれは、握りしめたてのひらの中でなおも輝きを放っている。在るべき場所で保管しようと、彼から受け取ろうとした大指導主。

 途端とたん、電気が走ったように拒絶され、石に触れた指先は赤くただれていた。


 「ドルイド・フランダール、お前を魔法石――この『賢者けんじゃの石』の守護者として任命します。この件は今後一切漏らすことなく、時がくるまで肌身離さず守り通すことを誓いなさい」

 「……僕は、僕は神を冒涜ぼうとくする行為を侵しました、罪はつぐなわなければ」

 「ええ、お前は禁忌をやぶりました。これから先、末代まつだいまで。その石を生成してしまった責任を取ることで償いなさい。決して、人の手に渡ることのないように」

 

 

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