第3話


 肌へまとわりつく不愉快な生温なまぬるい空気。霧がかる視界の中で、叔母おばさまに手を引かれ進んでいく。その間を縫って行くと、前触れもなく解放感に見舞われた。

 

 硝子ガラスのショーケースが壁に沿って並ぶ、円形状の部屋に出たネリは、魔法図書館とは対称的に真っ白い神秘的な空間に息を飲む。

 

 「この部屋はね、本来は大指導主グランドデュークと継承者しか入れない所なの」

 「――エイダ、ここで一体なにをさせる気?」

 

 ランプを壁に引っ掛けると、壁際へ沿うようにしてかかとを鳴らしながら、一際ひときわ壮麗そうれいな飾り棚から化粧箱を取り出した。

 歴史を感じる赤褐色のそれは両掌に収まるサイズで、重さもさしてない。

 彼女から手渡され舐めまわすように観察するが、肝心の鍵穴が見当たらなかった。魔法細工がほどこされていて、鍵ではなく特定の言葉でなければひらかない仕組みなのだろう。

 分かったことと言えば、化粧箱の革布の部分にアルファベットが刻まれていて。それがよく知った名前だったことくらいだ。

 

 「その御方の人歴を見れば、貴女の置かれている立場――『継承者』という言葉の意味。それから……ネリちゃんが感じている魔力についても分かると思うわ」

 「ドルイド様の記憶を盗み見るような真似、あたし出来ないわ。そりゃあ、フランダール家の者としてご先祖さまの成り立ちを知れるのは……光栄、だけれど」

 「いいえ、ネリ・フランダール。選択肢は初めから存在しないの。貴女には見る義務がある――。歴代、その姓を背負ってきたモノは必ずこの洗礼を受けるのよ」

 「……エイダは、見たことがあるの?」

 

 不安そうに尋ねる少女に、西の魔女は何処かかなしげに答えた。

 

 「私は、結局選ばれなかったから」

 

 その言葉の真意を確かめたかったが、話は終わりといったふうに微笑まれる。

 エイダは少女から箱を受け取ると、化粧箱へ手をかざした。

 

 「エイダ・フランダールの名において、記憶スヴェニールの解放を許そう」

 

 鍵穴のない古ぼけた箱は、ジジジと機械仕掛けが動く時のような音を上げ、花が開くように中身をあらわにした。

 この化粧箱の中に保管されていたとは思えないきらびやかな筒状の魔導具。細かく金細工が施されており、触れればホロりと取れてしまいそうだ。

 エイダは慈しむように、慎重にそれを取る。

 

 「フランダール創始者、ドルイド・フランダールの記憶媒体『沿革えんかく万華鏡カレイドスコープ』――世界にふたつとない貴重な代物しろものよ」

 「カレイドスコープ……?」

 「古くから交流のある東洋から仕入れた物らしいわ。中に鏡があって、そう。その小さな穴から覗くように使うの」

 

 円柱の先に空いた穴を片目で覗き込む。

 きらきらとくだいた宝石を撒き散らしたように、光が反射する。極彩色のそれに魅了され食い入るように中を見つめていると、肩口を撫でるように叩かれた。

 

 「これから見るモノの中には、体験したことのない残酷なモノもあるかもしれない。けれどそれは、過去を呼び起こしているに過ぎないの。過去へ介入することは出来ないし、未来を変えることは出来ない……その事は理解して頂戴ね」

 

 沿革えんかくの万華鏡をひっくり返し、反対側から見るように指示される。

 穴からは何も見えず、ただの真っ暗闇が広がっていた。

 

 「さかのぼるのはおよそ千年前――。人間とのたたかいが終わった、戦後まもない夏の頃。ドルイド・フランダールが小神族エルフと出会った小さな村からはじまるわ」

 

 視界が揺れ、波に飲まれていく。身体の浮くような感覚に身をゆだねながら、ネリはドルイドの記憶の中へと引き込まれていった。

 

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