第6話

 突然の地響きと窓から射し込んだ閃光に、少女は生唾を飲み込んだ。

 緊張感から吹き出す冷や汗は、止まる気配がない。

 屋敷飛び出そうとしたネリを腕の中へおさめ、幻狼族マーナガルムの少年は外へ意識を集中させた。激しいいかずちが落ちた衝撃に、少女をいだく力が増す。

 

 「貴女、どうして――っ!」

 「下がるんだアコ! ここは僕に任せてあの子達を!」

 「霹靂へきれきのライトか……懐かしいな。卒業以来か?」

 「邪魔立てするとアナタ達も容赦しないわよォ? ねえ、アコ先輩。さっさとあの糞ガキ共、渡してよ」

 

 つやめかしく黒衣こくいひるがえす妖艶な魔女は、アコに向かって敵意をさらけ出している。夫婦の前に立ち塞がる奴らは、魔法学生時代の後輩だった。もう二十年以上前の話だが、学生のときは良く面倒をみていた後輩だ。

 彼らはふたりの魔法能力を知っているためか、無理に距離を縮めることはしない。

 

 「……どうしてこんなこと。貴女が一番、大指導主グランドデューク様をお慕いしてたじゃないっ」

 「はぁ〜? そんなの、大昔の話でしょ」

 「純血の魔法使いが減ったのは、間違いなくあの能無しの大指導主のせいだろう。それを正そうとして何が悪い」

 「――だとしてもだ! 確かに、現大指導主には目に余るものがあるのは否定しない。だからと言って、人間を殺すなんて馬鹿な真似……。それにこの件は何の関係の無い者たちや、子供たちを巻き込んでまですることじゃあないだろう」

 「魔力を独占しているのは奴だ。平等だと言いながら……独裁政権も良い所だろう。下等な人間共が去れば、血が混じることもなくなる。そう考えるのは至極普通だと思うがな? ――奴をあの席から降ろすには『幻狼』と『継承者』が必要不可欠。なあ、友よ。お前だって分かるだろう?」

 

 かつての後輩に向け、杖を構える小父おじさまは両脚を着いたアコを庇うように、赤みのある黒衣をまとったマルバノと対峙する。

 三対二だが、相手は違法魔術師モーヴェ・メイジ

 対して夫婦は人口魔法石ヌーマイトを使う人間の魔術師だ。その力の差は歴然と思えた。

 

 「ふたりの知り合いなのか――?」

 「分からないけれど、あれじゃあいくら何でも小父おじさま達が不利だわ」

 

 男の一人は黒衣をなびかせ、通常より長い杖を回転させるように振りかざした。地面に突き刺すとそこから亀裂が走り、二人のところまで地面が割れていく。

 ライトは小母おばさまを脇に抱えると、後ろへ跳躍した。

 滞空している間に、次々と攻撃魔法を男たちへ放つ。樹枝状に稲妻が落ちていく。

 一定間隔を保ち陣形を取っていた彼らは攻撃を避けるため散り散りになり、態勢が崩れた。その隙を突き、姿勢を整えたアコが間髪を入れず集中砲火魔法ラマセ・フレイムを浴びせる。

 業火に焼かれ、奇声を上げながら男が燃えていくが、仲間としての意識は低いのだろう。消し炭になっていく一人をそのままに、残ったふたりは片膝を着いたが、黒衣を焦がすことなく炎から逃れた。

 

 彼らの戦闘能力に鳥肌を立てる少女達は、目の前で起こった出来事に唖然とする。

 魔力を失う前のネリでさえ、シェファード夫婦には到底適わなかっただろう。自分たちが如何いかに未熟であるかを再確認させられてしまった。

 脅威的な魔法を扱う魔術師集団『マルバノ』を相手に、人間である彼らがここまで対等に……いや、寧ろ形勢の有利な状況まで持って行っている。

 万が一、なにかあったらなどと思ったのは杞憂きゆうすぎた。

 

 「ネリ、おじさんの背中に何か着いてない?」

 「……え?」

 

 少年に言われ、玄関の隙間から目を細めるようにライトを見た。

 確かに何かが背中に描かれているのを目視した少女は、彼の腕を掴む指先が白くなるほど力を込める。

 か細いネリの握力では、痛みを感じることはない。

 けれど、普段あまり見ることのない彼女の愕然がくぜんとした顔つきに、見えてしまった『何か』が、自分たちにとって良くない物なのだと理解する。一向に彼らから目を逸らそうとしない少女の視界をさえぎるように、肩を掴み身を屈めた。

 

 「ここに居たらマズいかもしれない、小父おじさんたちの邪魔になるかも。少し離れ――って、ちょっと! 唇が真っ青じゃんか」

 「駄目……駄目よ、あんなの」

 

 少年の胸に頭を埋めるようにして、ネリは大きな瞳に溜めた雫をこぼす。

 小父おじさまの背中に光る何か。

 

 「ねぇ、ネリ。あれってもしかして魔法陣ル・タシオン――?」

 

 複雑に描かれたそれは、禁忌とされた魔法陣。

 時限式のそれは残酷過ぎるもの故、魔法書からも消された魔法だ。


 少女は昔、魔法図書館の立ち入り禁止区域に、こっそり侵入した事がある。

 一般人が見ることを禁じている書物が陳列された、天井まで続く本棚。魔法を学ぶということに関して尋常ではない好奇心を持つ幼きネリは、その一角にある物々しい禁忌魔法書を手に取った。それは魔法陣を記載した古書で、所々黒塗りが目立つ。余程、危険な魔法が載っているのだろう。

 ごくり、と興奮から出た唾を飲み込み、少女はページをめくり続ける。

 『魔法陣一覧』の中で、最も黒く塗り潰された項目に目を奪われたネリは、黒塗りされた部分を魔法で復元させる。その時は勿論、こっぴどく叱られたが、記憶能力の高い少女は本に描かれた魔法陣を事細かに憶えていた。

 下級魔法を応用した魔法として記述されたそれ。

 液体を沸騰ふっとうさせる魔法は、生活する上で非常に役に立つ。この『液体』という部分は、肉体の七割が水分であるヒトにも当てはめることが出来ると、数百年も昔、法を犯したモノへの処刑方法として使用されていた魔法陣だった。

 しかし、生命への侵害だと反発があり撤廃され、危険だと判断した大指導主により永遠に使用を禁じられたのである。

 ――だが、どうだろう。

 目にした先に描かれたそれは、あの日見た魔法陣ル・タシオンそのものだった。


 「――アコッ! よせ、よすんだっ!!」

 

 ライトの叫びがこだまする。

 呼号こごうと共に天へ指した彼の杖から、無数の電光がマルバノ達を襲う。

 

 「アハハハハハッ、アコ先輩♡ 可哀想だから、先輩も一緒にお死になさいな♡」

 

 艷冶な魔女は、飾り立てた杖を懐へ入ってきたアコの喉元に突き立てる。

 

 「――蒸発魔法印エクス・プローリュレッ」

 

 燦々さんさんと煌めく文字の羅列が、杖を突き立てられている彼女の頭上で踊るように魔法陣を作り上げていく。

 一際光を放つと、小父おじさま同様、アコの背中に魔法陣が描かれた。

 生まれは人間だが、一時は名を馳せた火焔魔術師フィランム・メイジ

 やられてばかりではいられない。

 アコは持てる力全てを出し切るつもりで『火炎魔法フー・シュルプリーズ』で女の逃げ道をふさいだ。

 ほのおに巻かれたマルバノの魔女は、猛火が激しい音を響かせるなか悲鳴を上げ、のたうち回る。

 

 「――あとは、君だけだね」

 

 苦虫を噛み潰したように残ったマルバノは後退あとずさる。

 いつの間にか、戦闘中の彼らと屋敷との距離は詰まっていて。玄関の隙間から、覗き込む少女とマルバノの視線が絡む。

 苦渋に顔を歪めていた男は勝機ありと、口角を上げた。 

 

 「何処どこを見て……っ、いけない! ウルルク!!」

 

 ライトの呼びかけに、少年は瞬時に幻獣けものへ変化した。

 その姿のまま、少女の襟元をくわえ引っ張り上げる。背中に彼女を乗せた状態で、ウルルクは屋敷から駆け出した。

 

 

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