第5話
ここにきて日課になっている牧場の手伝いの為、朝早くに目を覚ました。
一番に牛舎へ出向いているはずのライト
あまりの形相に訳を尋ねたが、理由は教えてくれなかった。
昼前になり
仲間外れかと、普段なら頬を膨らませたかもしれない。
ただ、三人の様子を見て只事ではないのだろうなと、少女は黙ったまま、彼らが話してくれるのを待つ事にした。
屋敷へ戻ってきてからというもの、
仕方なしに今朝の魔法新聞に目を通していると、少年が客間へ来るよう手招きをしてくる。
そっと読みかけの新聞をテーブルに置いて、指定席であるソファーから腰を上げた。
神妙な
「明け方、厩舎の羊たちが……殺されてた」
突然の激白に、少女は大きな
「――どういうことか、ちゃんと説明して」
今朝三時頃。
真っ暗闇の中、異様な気配を感じたウルルクは
ランプで足元を照らしながら扉を開けたが、牛たちはスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。気のせいだったのか。念の為に牛舎を奥まで確認したあと、何事もなくて良かったと互いに胸を撫で下ろし、邸に戻りもう一眠りしようと鉄扉を閉め、施錠している
羊たちの
ウルルクは音のした方へ走った。
昨夜、施錠したはずの厩舎の扉は開け放たれていて。
揺れるランプで照らされた地面には、点々と赤い水滴が垂れていた。
牛舎から戻ったライトに制止され、少年は厩舎の入り口付近で待機する。先に中へ入った彼の、息を飲むような声に急ぎ足でライトの元へ駆け寄った。
――ヌチャり、
靴底にやや粘着質な液体が大量に流れている。
何十匹といたはずの羊たちは、無惨にも息の根を止められていて。中には切断され、バラされたものもある。ピクピクと動く筋肉が異様に生々しかった。
辺りを見回すと、そこかしこに
込み上げる物を必死に飲み込み、呆然と立ち尽くすライトへ近寄る。
育ててきた家族同然の動物たちの悲惨な光景に、大の大人が鼻をすすり上げながら涙を流す背中を、彼が落ち着きを取り戻すまで擦り続けた――。
「一体、誰がこんなことを」
「あ……待ってください、おじさん。俺、これどこかで」
血生臭い異臭の中に、
「それは確かなのかい、ウルルク。だとすれば……大変だ。急いで知らせないと」
「俺たちが、ここに来たから――」
「君らのせいじゃない。だからそんな顔をしないでくれ。大丈夫、この子たちの事は残念だけれど、悪いのは」
「それはそうかもしれないけど、でもっ」
「……ウルルク、いいかい? あの子には、ネリにはまだ話さないと約束して欲しい。心優しい自慢の
「――おじさん、」
「少しの間で良い。こちらの準備が整うまで、あの子には……頼む」
「わか、りました。俺もネリのあんな顔、二度と見たくない。――けど、隠し事はしないって彼女とは約束したので」
「ああ、そうだな。昼までには諸々終わるだろう。頃合を見て、君から話してくれると助かるよ。ウルルクなら、ネリも落ち着いて聞けると思うからね」
「そんなことは……」
「おおっと、それから。さっきは有難う、
先程とは違う意味でも、涙が込み上げてきた。
頬に流すことはなかったが、たしかに熱を持った瞳に耐えながら、羊たちに手を合わせる
それから、アコ
犠牲になったのはここに居た羊たちのみで、他の厩舎にいた動物たちは傷一つなかった。羊の厩舎が一番、屋敷から離れていることもありこの場所を選んだのだろう。
いつ、また襲撃されるか分からない。
帰宅後、
幾時間か経ち、約束の時間。
こちらを気にしつつもソファーで
「――こんな、早いなんて」
青ざめた少女は口元に手を当て、聞いた限りの惨劇を想像したのか、今にも吐き出しそうだった。震えた息を吐いた彼女を、ウルルクはそっと抱き寄せる。
押し返されるかと思ったが、ネリは素直に肩にもたれかかった。
ニットが涙を吸収し、数分経った頃。
「あの子たちと昨日、走り回って遊んだのよ。それが――どうして? よくこんな、酷いことを出来るわね。
反国家勢力マルバノは、
西の魔女の屋敷で襲われたあの日。
五感奪取の魔法を掛けられる寸前に鼻を
あれは、マルバノキの花の匂いだ。
厩舎を襲ったのは『俺たちの居場所は掴んでいる、逃げ場などない。次はお前たちだ』という警告だったのだろう。
「……ウルルク、駄目よ。絶対にこんなの駄目」
「うん、わかってる。おじさんとおばさんは――俺たちを守ろうとしているみたいだけれど、そんなのはダメだ。あの人達に何かあったらいけない。……準備は整えた、ネリの支度が終わり次第、ここを出よう」
「ええそうね、そうしましょう」
「――それと、その……ごめん。先に謝っておきたいことがあるんだ」
コルティーツオに来てからというもの、魔法とは無縁の生活をしていた。魔力の使い方を忘れるなんて事はなかったが、運悪く今日は月に一度の満月で。
その為に、魔力の供給が不安定になっている。
血の
ただ、魔力を制御する魔導具を装着せずに満月を迎えるのは、生まれてはじめての事。たとえ変化したとしても平常心を保てるだろうが、イレギュラーな事に対応出来るかどうかは、いまだ未知数だ。
タイミングの悪さに乾いた笑いが出る。
「仕方ないわ。運命ってそういうものなのよ――きっと」
少女は懐かしむようにベッドシーツをなぞる。
「平気よ、あなたなら。万が一、暴走しそうになったら……そうね。このあたしが、身を
ごちゃごちゃになった頭を軽く整理し、何を一番にすべきなのかを考える。
手荷物を小さく纏め、ネリは少年と
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