第4話
甘ったるい匂いと渋みを含んだ茶葉の香りに、リビングにあるソファーにてだらしなく本を読んでいた少女は顔を上げた。
ダイニングテーブルへ大皿に乗った林檎のタルトと茶器が並ぶ。こぽこぽと注がれる抽出液は、キャラメル色に輝きを放った。
「――この香り、ディンブラね」
フルーツに合うコクのあり、バランスの良い紅茶だ。
飲みやすさはピカイチで、紅茶を
「
「待って……駄目、ネリは座ってて。おじさんとおばさんにはもう食べてもらったから。――これは全部、君のだよ」
なにか裏があるのでは?
と勘ぐって見たが、彼の表情を見る限り、特におかしな所は見当たらない。
切り分けたひとつを茶器とセットの皿に盛り付けると、ディンブラティーと一緒に少女の前へ出した。
「最近さ、ネリとゆっくり会話も出来てなかったから、どうかと思って。そうそう、伝え忘れてたんだけど、おじさん達さっき買い物に出掛けちゃったんだよね」
「あら、そうなの?」
「うん。だからさ、ふたりが帰ってくるまで俺たちだけでティーパーティー……なんて
「――たった二人で、パーティ?」
「そ、ふたりっきりで」
「……そう、ね。特に予定もないし、構わないけれど」
「あは、良かった〜! 今日はね、林檎のタルトと……あとこれ。ネリの好きなチョコ、それからマフィンも作ってみたよ」
「ポワヴル・ル・ショコラじゃない、まさか作ったの?」
「勿論! 結構配分が難しくって、これが一番時間掛かったかなぁ。でもその分、美味しくできてると思うよ
食べて、と
柔らかい林檎の果肉に、ザクザクしたタルト生地。食感を楽しみながら、ネリは次々と頬張る。
あっという間にタルトひとつ食べきってしまったが、もう一つ食べたくなる程に、それの出来は良かった。他の洋菓子もつまみながら、紅茶を飲み、たわいも無い会話で盛り上がる。
「これじゃ、ティーパーティーってよりお菓子パーティね」
「…………」
ティーカップを
「何、なにか
「――良かった」
「よかった、て……何が」
「調子悪そうだったからさ。機嫌が戻って良かったなあって」
「べ、別に機嫌が悪かったわけじゃないわ」
「そう?」
「そうよ」
「……あは、あははっ」
「ちょっと、今度はなに」
隣り座る彼はカップを置くと、身を乗り出すようにしてネリへ向き合った。白く細長い指が、少女の口元に触れる。
「――
「ほら、マフィンついちゃってたよ」
「ちょ……ウルルク」
「ちゃんと全部食べてよ、ね?」
彼女のふっくらとした小さな唇を撫でる。ウルルクの指が撫でたそれは、林檎タルトのコーティングによって
少年はそのまま、固く閉じた
「な、舐めろってこと?!」
「――……ぷ、あはははっ!」
それまでの
いや、さっぱりわけがわからない。
「だって、ネリの顔……真っ赤になってんだもん」
「か、からかったのね?!」
「
「〜〜っ! もうっ、あなたなんて知らないわ」
「ええっ! そりゃあないって」
「……なら、なんでこんな事したのよ」
「慣れて欲しかったんだもん。もう分かってるでしょ? 俺がこういうこと、サラっとやる男だって。いつまでもネリがそんなんじゃ、先に進むにも進められないし」
――だから、先程からこの
これではまるで、自分たちが付き合っている……みたいな。
ネリは染まった顔をより濃くして、
彼女は黙ったまま、眉間に皺を寄せ口を閉じてしまった。
これ以上苛めてしまうと、倒れてしまうか羞恥心から殴り掛かられそうだったので、ウルルクは冷えた紅茶を入れ直しに、平然とキッチンへ向かう。
試すようなことをしておいて申し訳ないと思った少年だが、否定しない彼女の反応を見て、お互いに好意を抱いているのは間違いないと確信することが出来た。
夫婦が気を利かせた、ほんの少しの時間だったが、ネリも機嫌は戻ったようで。
キッチンからリビングを覗き見ると、顔の赤みの治った少女は手元の書籍に再び目を落としている。
何事もなかったように戻り、紅茶を入れ直しているとシェファード夫妻が帰宅する音が聞こえてきた。
満足そうに紅茶を
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