第2話

 

 「俺さぁ、実は汽車ってはじめて乗るんだよね」

 

 モゴモゴとサンドイッチを頬張り、間抜けな声を出す少年は、汽車から見える山々を眺め言った。

 昨夜、死ぬほどコースディナーを頂いたのに、よく食べれるな……と、向かいに座る少女は呆れながら窓枠に頬杖を着いている。

 考えてみると、ネリも久々の長旅だった。

 最後に汽車へ乗ったのは、もう何年も前の記憶である。

 

 「遊びに行くんじゃないのよ」

 

 浮かれ気味のウルルクへ放言した彼女は、未だ夕食を引き摺っている腹具合に、ガッツリ食事を摂る気分にはなれず。移動販売で購入したポワヴル・ル・ショコラを優雅に摘み口へ運んだ。

 

 「ネリこそ、そんなの食べちゃって」

 「……知らないの? チョコレートと胡椒の相性って抜群なのよ」

 

 そういってスパイスの効いたチョコをパクパクと頬張り、珈琲で流し込む少女は脚をパタパタと分かりやすく動かしていて。そんなに美味しいものなのか、と気になった少年は一粒だけ彼女から貰い、口へ入れる。

 

 「――美味しい」

 「ほらね、言ったじゃない。美味しいって」

 

 まるで自分が作ったかのように胸を張るネリを横目に、彼はもうひとつ……と箱に手を出した。

 ――ばちんっ

 思い切り手の甲をはたかれ、赤くなったそこをさする。

 

 「誰がもう一個あげるって言ったのかしら」

 「え〜……ネリのケチ」

 「なっ……ケ、ケチですって?!」

 

 『ケチ』に過剰反応を示した少女は箱ごと彼に押し付けると、コルティーツオに着くまで寝る! と言って不貞寝ふてねを始めてしまった。

 これでは、どっちが歳下か分かったものじゃない。


 ウルルクは微笑みながら溜息をつくと、チョコレートをかじり食べきった。

 元々、そこまで大食らいではないのだが――。

 最近はやたら腹が減る。正直まだ少し足りないくらいだ。

 とはいえ、食べ過ぎは宜しくない。一先ず包装紙や箱をゴミ袋へ纏めはじめていると、寝息を立て始めた少女のゆるゆるな顔に「男の俺を信用しすぎ」だと、苦笑した。

 

 「……ん、んぅ……」

 

 寒さに身を捩ったネリは、小さい身体をより丸めるようにして縮める。備え付けのブランケットを取りだし、ウルルクは寝息を立てる少女へそっと被せた――。

 

 

 ※※※

 

 

【南方のリゾート地帯:コルティーツオ】

 長い時間をかけ、汽車から降りる頃には夕方に差し掛かっていて。山々の隙間から見える太陽は、橙色オレンジいろに輝いていた。

 半個室のような座席ではあったが、狭いことには変わりない。凝り固まった身体を空へ向け伸ばす。少女よりも足の長い彼は、さぞかし疲れただろう。

 チラりと少年を見やると、何かをじっと観察するように見ていた。

 

 「どうかしたの」

 

 問いかけるが、ウルルクはそちらを見たまま返事をしない。

 痺れを切らしたネリが腕を引っ張ると、視線をこちらへ戻すことが出来た。

 

 「あそこ……牛車に乗ってるヒトがずっとネリを見てるんだよね」

 「え――?」

 

 駅から少し離れた場所。

 牛に車を引かせている中年の男性と女性が、確かにこちらを見ている。

 少女が首を傾げると、車内にいた夫人が扉を勢いよく開け放った。

 

 「ネリ!」

 

 赤毛の癖のある髪を一纏ひとまとめにした、見知った女性。

 ネリは彼女を見ると掴んでいたウルルクの腕を離し駆け出した。

 珍しい少女の行動に、少年はつい立ち尽くしてしまう。

 走り寄った少女を抱きとめた夫人は、愛おしそうにネリに擦り寄っている。はたから見れば、親子に見えるその光景に、ウルルクは少し羨ましく感じていた。

 

 「君が、ウルルクだね」

 

 優しそうな紳士が牛から離れ話しかけてきた。

白髭を蓄えてはいるが、見掛けからしてそう歳は取っていないだろう。

 彼はウルルクに手を差し出すと、ゴツゴツとした仕事人らしいてのひらで少年の白い手を取った。フワりと漂った牧草の匂いに、少年は警戒心をゆるめてしまう。

 心まで包み込むような白髭の紳士は、その手を取ったまま、彼女たちの元へ歩き出した。

 

 「まあ、アナタがウルルクねっ! うふふ、なんて可愛らしいのかしら」

 「アコ小母おばさま、ライト小父おじさま……まさか、迎えに来てくれるなんて思ってもみなかったから驚いちゃった」

 「はは……そうだろう、そうだろう」

 「だって、早くネリとウルルクに会いたかったんですもの」

 

 小さな田舎の駅前で、夫人から熱い抱擁をされた少年は、耳まで赤く染め恥ずかしげに俯いた。

 そういった事にてっきり慣れているのかと思っていたネリは、そんな様子のウルルクを見て新鮮な気持ちを抱く。

 しかし、いつまでも此処にいるわけには行かないと、シェファード夫妻はふたりを牛車へ案内した。

 ライトが手綱を持ち、乗り込んだことを確認する。

 

 「さあ、ふたりとも。我が家へ出発だ」

 

 ――ぱちんっ

 

 「……もぉ〜」と牛が鳴くと、二匹がゆっくりと進み出した。田舎では珍しくない馬車ならぬ牛車は、歩みは遅いが揺れが少なく快適だった。

 

 

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