第4章 希望
第1話
鉄の
雪の降る山中に居たからか、薄暗く湿気の
足の重みに気付いた時には四時間が経過していた。
「ここなら比較的綺麗だし、天井もヒビ割れていないから、少し休憩にしようか?」
「そうね……歩き通しだし、休みましょ」
線路に腰掛けるようにして身体を休める。
持ってきた水とフルーツ缶を平らげると、おもむろにウルルクが問うてきた。
「気になってたんだけどさ、ホームステイって何をするの?」
「随分唐突な質問ね。まあ良いわ、答えてあげる。中等部に上がると、三年間のうち一度は異種族の元で生活をしなければならないの。とはいえ、
「へえ……それも、
「――ええ、同感よ。あたしはたまたま、お父様の知り合いだったシェファード夫人が是非にって誘って下さったから、彼らのところにホームステイを決めたの」
朝三時に起床して、牛舎の餌やりと掃除。終わったら羊たちの餌やりをして、その他動物たちのお世話をする。
牛たちの食事が終えたら乳を搾って、ミルクとして使うものとチーズやバターへ加工するものと仕分けする。
こうしているうちに一日が終わり、あっという間に半年のホームステイが完了したのを、話しながら懐かしく思い出していた。
本当の家族のように、娘のように可愛がってくれたシェファード夫妻とはまた、逢いたいと考えていたから。状況が状況ではあるが、ネリは再会出来ることを心から喜んだ。
※※※
【
じめじめとした鉄道トンネルを潜り抜け出た先は、
バレないようにこっそりと外へ出ると、そこは少女の故郷、大都市『リヨン・ミュノーテ』にも匹敵するほどの、華やかな街並みが広がっていた。
中心都市は、水と魔法の都と呼ばれる大都市と並ぶ人口を有する。
大都市リヨン・ミュノーテよりも、芸術や文化に優れるこの街は、街そのものが芸術品のように
気飾った紳士淑女たちの中、物凄く場違いな少年と少女。
ふたりとも、姿顔立ちはその辺の者より大きく優れているはずなのだが、
勿論、ネリは由緒正しい家柄の生まれであるため、そこそこのマナーや身嗜み、ブランド品などに関しても知識としては備えているし、ウルルクも美への追求を惜しまない西の魔女の元で暮らしてきた為、ある程度のことは知っている。
さすがに、この街で古びたトンネルを通り薄汚れた普段着のままでいる訳にはいかないと、それぞれが叩き込まれた身嗜みマナーに、警報を鳴らされた。
ひとまず手頃な服屋に入り、適当に
手持ちの紙幣も、そこまで余裕があるわけではないので慎重に選ぶ。
少女はマルバノに襲われた際、急いで羽織ったワインボルドーのローブに合わせ、漆黒色をしたミドル丈のシャツワンピースを購入した。
ウルルクは小屋に置いていた着替え用のトレーナーパーカーとパンツだったので、ネリに合わせてシックなスタイルに纏める。
グレーピーコートに履いていた黒のパンツ、そしてタータンチェックのベージュマフラーを差し色にした。
着替えて街に出た途端、さっきまでは無関心だった街の人たちが色めき立つ。
瞬く間に囲まれてしまったふたりは、持ち前の外面の良さを生かしつつ、ジリジリと人のいない方へ後退していく。
ある程度人払いが出来たところで、ウルルクは少女を守るようにその場から、そそくさと立ち去った――。
中心都市の真ん中に位置する駅舎は、線路が
切符売り場についた二人を待ち受けた『本日コルティーツオ行き完売』の文字。
満席完売は致し方ないことだ。明日の午前便の切符を購入し、今日一晩はミラーノで宿を取ることに決めたふたりは人目を避けながら宿屋まで急いだ。
取れた部屋は五階建ての宿。
決して安値ではないが、この辺りでは比較的良心的な宿屋だ。
案内されたのは部屋が仕切れるタイプの部屋。
――今となっては昔のことに思える、あの満月の夜。
朝まで隣同士で寝てしまったとはいえ、あれは事故のようなもので。
歳下といえど、男性と同じ部屋で眠るなんてしたことのなかったネリは、あの時のことをずっと恥じていた。しかし、結局はあれを隠すこともなく、ふたりが距離を縮められたという点に関しては悪くはなかったかもしれないと、無理やり自分を納得させたのである。
それとこれとは、今回全く違うのだ。
勝手に部屋の仕切りを畳み、取り払おうとするウルルクを一喝する。
「ふざけるなら廊下で寝かすわよ」
「ええ〜っ、それは酷くない? 俺、一応怪我人なんだけど」
「怪我人なら怪我人らしくしていて」
ピシャリと仕切りを閉め、自分のスペースを守った少女は、夕暮れ時ともあり腹の虫を響かせた。
「あははっ、すぐお腹鳴るよね〜」
「う……うるさいわよ、悪かったわね。食い意地が張っていて」
「悪いなんて言ってないだろ? 可愛いと思うよ、ネリのそういうところ。――どこか食べに行こう、本当は俺の料理を食べてもらいたいところなんだけど。
あっさり『デート』だの『可愛い』だの、そういった単語を使うウルルクに、胸を高鳴らせてしまうのは……もしかしたら自分だけなのかと、ふいに不満に感じることが増えた。
歳下相手に、こんなふうに感情を左右されるのは実に気分が良くない。
「デートじゃないわ。ただの
「……素直じゃないなぁ、もう」
「――っ、す、少しはその調子の良い口を
「はーい、かしこまりました、姫様。
仕切りを開け、自然と彼女の手を引き宿の部屋を出た。
何食べようか、などと聞く彼の言葉など聞く余裕はなく。「なんでもいい」そう言ってしまった事を後々、ネリは後悔することになる。
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