第4話


 「暑い時期はよく来るんだ。君が住んでた都会ほどじゃないけど、鉱山街ミヌ・ラバンリュも真夏は気温が高くなるから。万年、氷点下な場所ってないのかなぁ」

 「それはそれで、ヒトは住めなさそうだけれど。まあ確かに、フィラデルフの気候は何処も比較的穏やかだけれど、暑さに弱い幻獣けものにはキツいでしょうね。あたしでさえ、真夏は気だるくなるもの」


 思い出せば、学校のクラスメイトだった小人族ドワーフも、夏の時期は冷房器具を陣取っていたように、小神族エルフも含む幻獣けものたちにとって、気候というのは命取りになるほど重要な問題だ。

 ヒトに近い小人族ドワーフは、まだいい。小神族エルフ幻狼族マーナガルムは、そういった様々な理由も含め、住める場所が限られてしまっている。いつしか、地球上のすべての種族が、彼がどんな所でも安心して暮らせるようになればいいのに……。



 「――でも本当に良かったわ。数日分の食料と着替えもあって。さすがに、血がついて破けたシャツで移動するわけにもいかないし」

 

 たどり着いた山小屋は、彼が夏に訪れる避暑地として利用していた物置のような建物だった。

 案外、中は整理整頓されていて、埃なども軽く叩けば問題ない。

 吊るされたランプの蝋燭ろうそくに火を灯した時、ようやく身体の力が抜けた。

 月明かりの下、暗闇を走ってきた彼らにとっては、そんな些細な光さえも愛おしく思えて。ちらちらと揺れる灯りの中、救急セットを取り出したウルルクからそれを奪い取る。テキパキと傷口を洗い流し、先程手に入れた薬草をすり潰して塗り込む。

 包帯を巻き付け、応急処置を済ますと、彼は驚いたように少女を見ていた。

 

 「なによ」

 「ううん、何も……。ありがとう、ネリ」

 「この程度の処置できるわよ。それよりも――どうにかしてエイダに連絡を取りたいところね」

 「うーん、気付いてはいると思う。けど、かなり遠方に仕事で行ってるはずだから……。無事なことを伝えられるといいんだけど」

 

 一晩走ってすっかり空腹になった彼らは、先程のこともあり寝付くことも出来ず。朝食にはだいぶ早いが、軽く食事をとることにした。

 手際よく缶切りと非常食を手渡してきた彼に、それを突き返す。

 

 「使い方、わからないもの」

 「……開けてって素直に言いなよ」

 「はやく開けて」

 「…………はいはい、お姫様マイ・マ・シェリ

 

 缶詰に入った調理パンを頬張り、冷えた水で喉をうるおす。

 ああ、紅茶が飲みたい。

 我儘は言えない、食料があっただけ彼には感謝しないとならないのだから。

 

 ――しばらくして。

 互いに気持ちが落ち着くまで触れていなかった『マルバノ』について話し合った。

 夜は長い。

 明るくなるまでは、不安もあり、眠ることなんて出来そうになかったから。

 

 「ネリが部屋に行ったあと、朝食の準備してて。その後にエイダ様の書斎の片付けをしてたんだ。君と話したくて一度部屋に寄ったんだけど、もう十時頃には寝てたみたいだから」

 「――ええ、はやくに寝たから」

 「それで、シャワー浴びて俺も寝ようとした時かな? 玄関のベルが鳴って。急いで一階へ降りたら、奴がいたんだ」

 「そんなの、全然気が付かなかったわ」

 「だろうね。しばらく起きてこなかったし。君を探してたようだから、何とかリビングで食い止めてたんだけど」

 

 ――そのとき、起きていたら。

 そっと包帯の巻かれた腕に目をやる。彼は彼女の視線に、やさしく微笑んだ。

 

 「あたしの件は兎も角、反国家組織が、年端もいかないあなたを狙うなんてね。どうかしているわ。何故そこまで力を求めるのかしら」

 「以前、エイダ様の書類を片してる時に偶然見ちゃったんだけど……。組織は『人間の大量虐殺』を目論もくろんでるみたい。東の島国で大事故があったの、憶えてる?」

 

 遠く離れた異国の島国。

 その国では魔法が使える者の方が珍しいという。

 一昨年、島国の帝都で大規模爆発により、沢山の死傷者が出たことは、フィラデルフ国でも一時話題になっていた。

 

 「あの事件、詳細が明かされなかったと聞くけれど」

 「どうもマルバノが関わっていたらしいんだ。エイダ様もちょうどその時、島国に派遣されてて――」

 「……どういうこと」

 「爆発事故があったのが、フィラデルフ国の国家研究所と縁のある『人口魔法石研究所』だったんだ。エイダ様はその研究所に呼ばれて半年くらい、屋敷を留守にしてたから。――ごめん、職務内容までは調べられなかったんだけど」

 「人口魔法石っていうと『ヌーマイト』……魔力を持たない人間が魔法を使うために作られた『魔力蓄積石マジアキュム・ピエール』。大指導主グランドデュークさまが長年尽力されている研究の一つね。東の島国は研究のたぐいけているから、業務を委託していたってことなのかしら」

 「マルバノは、人間と共存しようとする魔法使い達も根絶やしにして、完全なる『魔法使いの国』を建国しようとしてる。だからそれに……大指導主に協力しているエイダ様もターゲットにされてるみたいで」

 「でも、今回はエイダを狙ったわけではなかったのよね? ――違法魔術師モーヴェ・メイジと言えど、人間の大量虐殺は相当な年月と魔力を用いる。まさか……『幻狼マーナガルムの血』を使って成し遂げようとしているんじゃないでしょうね?!」

 「……多分、ネリの推測は当たってると思うよ」

 「馬鹿げてるわっ、そんなことのために……!」

 

 人間を殺すために彼を利用する?

 そんなの、冗談じゃない。そもそも、人間を殺めて一体なんの得がある――?

 もうひとつ、男が言った『フランダールの継承者』という言葉。

 少女はその言葉が頭に引っ掛かって仕方がなかった。何ら特別なモノがあるとはおもえないが、由緒正しいフランダール家の血統だ。もしかしなくても、マルバノの計画に関わっている可能性は否定できない。

 ――いきなりどうして、こんな重大なものに巻き込まれているのか検討もつかない。あまりに突然の出来事に頭を抱えた少女は、この先の身の振り方には重々気を付けなければならないと、精神を張った。

 

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