第2話
悲しみか、怒りか。震える少女に寄り添うように少年は近付く。
――コッ……カラン、
「……何か、落ちたわよ?」
足元に転がってきた香水瓶のような、紫色の液体の入った瓶を手に取る。薬学はネリが得意とする科目だ。香水瓶の中身を嗅がずとも、その正体を彼女は見破った。
「――睡眠薬ね、これ。二十四時間は目を覚まさない中度のものだけれど。ねえ、ウルルク……これは一体何に使うつもりだったの」
一度不審に思ってしまったネリは、迷いなく彼を疑いの眼で見つめる。
誤魔化すことはしないという表れなのか、少年は静かに彼女の隣へ腰を下ろした。
「エイダ様に貰ったんだ、それ」
「入手経路の話はいいの」
「……昨日の夜、君に使うといいって」
「エイダがそう言ったの? 何のために、そんな」
「俺の……あの姿を君が見たら驚くと思った。受け取りはしたけど、最初から君に服用させる気なんてさらさらなかった! 眠らせておけば、見る事も気付くこともなく、今回はやり過ごせるかなって。――怖がらせたくなかったから」
「そういえば、そんなこと言っていたような気もするけれど」
「でも使わなかった、使えなかった。ネリがそんな事で俺を嫌いになってしまうような女の子じゃないって、分かってたから」
「親しくは想ってくれているみたいだけど、けれど結局、信頼には値しないんでしょう? でなかったら、今日のこと、秘密になんてしないものね」
「ちょっと待てよ、ネリ! 落ち着いて話を――」
「あたしは……あたしは至って冷静よっ!」
――魔法が使えないというだけなのに、そんなにも、頼りない存在なのだろうか。
魔力がなくなる前は、誰よりも頼られ、誰よりも友達を守ってきた。
あの日もそうだ。
本当に、情けなくて仕方がなかった。
いつも守ってきた男の子に、背中に庇われたあの日。
あたしの魔力が消えてしまった日。
……勿論、退学という処分は悔しかった。
理不尽な
けれど、それ以上に……。魔法の使えない自分は、あまりにも無力なのだと思い知ってしまった事が、何よりも苦痛で、泣きたくなる。
睡眠薬の件だって、別に盛られそうになったから悲しい訳じゃない。
優しさだとはいえ、一瞬でも『恐怖を抱き、嫌いになられるかも』と思われた事実が悲しくて、怒っているのだ。
『あたし』を受け入れてくれるウルルクと、ちょっとは仲良くなれたのだと思っていたからこそ、信用されていなかったのは……本当にツラい。
生まれ持った才能と、フランダールという名のせいで周りから腫れ物のように扱われてきた。幼馴染みのマルクの隣だけが居場所だった。その場所は奪われたが、ようやく本当に心を許せる存在に出逢えたと……ここがあたしの居場所だったのだと思えたのだけれど。
どうやら勝手に舞い上がっていただけのようで。
「……ネリ、俺……」
「ごめんなさい、ウルルク。しばらく一人になりたい」
誰かを頼ることを教えてこられなかった少女は、本当の意味で、人生ではじめて感情を露にした。
ただ、どうしてもプライドを捨てきれなかった。
幼馴染みにしたように、また、彼にもぶつけてしまうなんて……自分の学習能力の無さにも呆れてしまう。
「素直になれば……甘えられたら、良いのは分かってるのに。なんで、何でこうなってしまうのかな――本当、可愛くない」
止めようとした彼の腕を振り切り、リビングを飛び出した。冷えた廊下で呟いた言葉は、暗闇に溶けて。
ネリは我慢していたものを袖口で拭い取り、自室へ静かに戻った。
求めるのは同じモノのはずが、双方の気持ちはすれ違い、その日の夜は挨拶もなくベッドへ沈んだ。上手く言葉に出来ないもどかしさ、芽生えた感情をコントロール出来ない不甲斐なさに、枕を濡らしていたのはお互いに知る由もなかった。
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