第3章 哀しみの試練

第1話


 頼まれていた魔法薬の配達をしに、ネリは彼に連れられ鉱山街へ降りていた。雪掻きされた石畳の上は滑りやすく、油断すると転んでしまいそうだ。

 全ての配達を終える頃には、お昼時を過ぎていて。ひと仕事した二人は空腹を感じ、開いているカフェで軽食を取っていた。

 

 「今日の午後は何を教えてもらえるのかな」


 満月の日から三日。いまだ顔色の優れない彼のため、配達が終わったら授業は無しに、本日は休んでもらうつもりだったのだが。

 ――本人はやる気満々のようだ。

 せっかくの天気だから……と、冬のカフェテラスで少しだけ魔法学の勉強を教えることにする。少々肌寒いが、生温い室内よりは頭も冴えて良いだろう。

 

 「そうね。魔法の種類について……なんて、どうかしら」

 「種類?」

 「さっき配った魔法薬は『闇魔法』という分類になるの。他には魔導具の精製なんかもここに含まれるわ。……エイダが得意とする分野ね」

 

 『魔法の種類』

 存在する全ての魔法は、以下の分類に分けられている。全部で八つあるが、そのうちの一つ、固有魔法は決められた種族の血を持つ者にしか扱えないものである。

 『一般魔法』飛行魔法や、収集魔法、火起こし等。

 『回復魔法』治す、元に戻す魔法。蘇生魔法も含む。

 『攻撃魔法』対象物に危害を加える魔法。

 『防御魔法』攻撃を弾く。結界魔法。

 『占術魔法』占いや呪術。

 『闇魔法』魔導具の精製や、魔法薬の調合。

 『空間魔法』空間移動や時間に関するもの。

 『固有魔法』小神族エルフ……『精霊召喚』、幻狼族マーナガルム……『獣化』

 

 空間魔法については、基本的に学ぶこと自体禁止されている禁忌魔法であり、使用も勿論許されていない。優れた魔術師でも失敗の多い魔法で、術者本人に危険が伴うとして、凡そ百年ほど前に禁止されたのだ。

 

 「俺たちの獣化は特別なものなんだ?」

 「……何か言いたげね。いいわよ、質問を受け付けるわ」

 「ほら、変装できる魔法もあるだろ?あれとは違うのかなって」

 「変化はね、物を変える魔法を応用したものなの。一般魔法が、これの分類に当たるんだけれど……変化は魔力の消費がとてつもなく多い魔法だから、魔術師メイジしか使えない上位魔法よ」

 「じゃあ、エイダ様の若返っ――変化って凄いことなんだ? 俺でさえ本来の姿見せてもらった事一度もないんだよねえ」

 「そういうのは口に出すものじゃなくてよ、ウルルク。明らかに若作りしているな、なんて分かっても黙っているのが紳士ってものなんだから」

 「……ネリの方がハッキリ言っちゃってると思うんだけど?」


 食後のデザートを食べ終え、少年が会計を済ませに席を立つ。

 

 「――っ、気が散るわね」

 

 微かに殺意を含んだ視線を、街へ降りてからずっと感じていて不快極まりない。

 彼の飄々ひょうひょうとした普段通りの態度に、少女は測りかねていたが、それは杞憂きゆうだったようで。ウルルクは常に周りを警戒して動いていた。「西の魔女の従者を狙うような者はいない」そう言っていたのが、随分前のことに思えた。

 会計を終え、少女のいぶかしげな表情にハッとした彼は、不自然にならないよう彼女の近くへ寄った。

 

 「あれはなに? 知っているんでしょう」

 「気付いてたんだね。ふぅー……一体どっから見てるんだろうね? 俺には全く検討もつかないや」

 「あなた……気配は察知している癖に特定は出来ないの? まったく、魔法学だけでなく教えることは沢山ありそうね」

 

 ――とは言ったが、消された気配を辿るのは並の魔法使いでは不可能だ。

 探知する魔法でも使えない限りは。

 街中へ紛れるのではなく、遠い場所から監視するようにこちらを観察している。

 完全に気配は消さず、こちらにわざと気付かせているような……手練た魔法使い。その筋のプロで間違いないだろう。日が暮れる前には屋敷へ戻りたいところだが、このまま直帰するわけにはいかないようだ。

 

 「仕方がないわね……ウルルク、四時の方向には何がある?」

 「閉鎖したツィングトック鉱山だよ。立ち入り禁止区域で、街の人も寄り付かない」

 「…………そこね」


 さて、どうしたものか。

 ネリは魔法が使えない。瞬間移動は……彼ではまだ扱えないだろう。

 今のところ、何かをしかけてくるという訳ではないようなので、少女はしばらく街をブラついてから屋敷へ戻ろうと提案した。

 

 二時間ほど経ち、そう大きくない街でのウインドウショッピングは二週目に突入していた。途中、気になった雑貨店に寄ったりもしたが、常に気を張り続けた状態の為、少女は疲労でクタクタになり、休憩するべく噴水広場のベンチ腰を下ろす。

 

 「ふぅ――大変ね、魔力があれば追跡して正体を掴んでやるのに」

 「そんな危険なこと、絶対にするなよ」

 「場所探知も出来ないのに威張らないでもらえる?」

 「あー……それは、確かに。役に立てなくてごめん。けどさぁ、なんでネリは探知出来たの、魔法使えないクセに」

 

 ――噴水に沈めてやろうか。

 余計な一言の多い彼に憤りを感じたが、これ以上のふざけたやり取りは不毛だと、少女は話を続ける。

 

 「そんなの魔法が使えなくても出来るわよ。ああ、でも……幼少期から周囲の目線を浴びて育ったせいなのかしら。複数人から同時に見られても、その視線の大元おおもとを辿れてしまうの。昔からね」

 「すっごい特殊能力だね、それ」

 

 広場で談笑しつつ、気配を探る。こちらを監視していた何者かは、立ち去ったのか。先程までの微かな殺気が消えていて。

 様子を見つつ、暗くなり始めた街に溶け込むようにして、ふたりは屋敷へ戻ることにした。

 


 ※※※



 時間を潰している間、何だかんだつまみ食いをしていた二人は夕食を食べれるほどお腹が空いておらず、リビングでゆったりしていた。

 読みかけの小説を進めたかったが、昼間のことが気がかりでそれどころではない。

 明らかに幻狼……ウルルクを舐め回すように監視していた。貴重な存在である幻狼族を狙う魔術師や人間が、この街を訪れるのは、想定内だが――。

 少女はそれよりも、目の前で魔法新聞に目を通すに不信感を抱いていた。

 今回の件は、確実に、はじめてのことではないのだろう。

 あまりにも冷静な対応、そして知ってた上で黙っていたという事実。彼女を苛立たせるにはそれだけで充分だった。

 

 「今まで何度、こういった事があったのかしらね。本当に大変よね、幻獣けものって」


 敢えて責めるようなことはしない。

 しかし棘のある言い方に、彼は小さく息を吐いてから新聞から顔を上げた。

 

 「……隠してたわけじゃないんだ」

 「何? 気付くかどうか、あたしを試してた――なんて言うんじゃないでしょうね」

 「そんな回りくどいことはしないって。さっきの通り、俺……感知は出来るけど特定が出来ないんだ。相手がどんな奴かも分からない。悪意があれば、薄々感じる程度で。万が一、あの場で何かあったとしても、君を守り通せる自信もなかったし」

 「――それで?」

 「前々からきざしはあったんだ。エイダ様も知ってる。けど、直接接触してくる事はなかったし、あんなあからさまに殺意を向けてくるなんて今までなかった」

 「おばさまも知ってたの? 知っていたのにあたしに黙っていたのね」

 「そういうわけじゃ……。真昼間の街中ではさすがに手を出して来れないだろ? だからネリが気付くより先に、屋敷へ戻れたら問題ないかと思って――ごめん」

 「フフッ……そうよね、魔法も使えない女が居たら足でまといだもの。それに、下手に騒いで刺激したら――とでも考えたんでしょう?」

 「ネリ、俺は――俺たちは君の……」

 「別にいいのよ、紛れもない事実だし。そんなことよりも、あたしは二人に信用も信頼もされていないってことに一番……こたえたわ。まあ、出会って一ヶ月程だし、当たり前よね」

 

 思いつめたように歪めた眉は、必死に涙を抑えているのだと、少年は表情を見て受け取る。彼女のことを思っての事だったが、それが逆に傷付けてしまった。


 フランダール家に生まれ、常に矢面に立ちクラスメイトを先導し、年端もいかないときから英才教育を施され、トップにいなればならないという重圧を背負わされてきた。誰にも頼ることなく生きていた彼女は、守られるように扱われるのを良しとしないだろう。

 元々プライドが高い事もあり、他人から変に気を使われるのが苦手な女の子。エイダからは「天真爛漫で、実験が好きで、誰にでも愛想を振りまく子」だと聞いていた。

 好奇心がある点においては、聞いたままの少女だったが、どこか表情を押し殺しているような彼女に出会ったあの日、ウルルクは胸が締め付けられるような感覚に陥って。

 不運ではあるがようやく、フランダールの名から解放されたネリ。

 幼子のころから誰かに寄りかかることをさせてもらえなかった少女に、自分にはもっと頼って……甘えて欲しいと彼は考えるようになった。


 本当は甘えん坊で感情表現が激しくて、小説で涙する優しい普通の女の子なのだから。


 過ごしていく中で、膨れていく気持ちは一方通行で。

 距離を縮めた今なら、大丈夫かもしれないと思ったのは浅はかだった。

 小さく震えながらも楚々そそとした姿を崩さない少女。自分で自分を抱え込む術しか知らない彼女を、ウルルクは今すぐにこの腕で抱き締めたいと強く想った。

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