第7話

 

 びゅうびゅうと吹雪く外を窓から覗き、日も登る前に仕事へ出かけたおばさまを気にかけていた。

 

 「エイダ様なら平気だよ。このくらいの雪、慣れてるから」

 

 朝食だと呼びに来たウルルクの声に振り返る。

 どことなく顔色がいつもより青白く見えるが、いつも通り飄々とした彼の様子に、思い過ごしだろうとリビングへ向かった。

 


 ※※※

 

 

 「ごめん、ネリ。今日は申し訳ないんだけど」

 「……本当に、具合悪かったのね」

 

 朝食を食べ終え、暖炉の前で寛いでいると、何だかんだ勤勉な彼から授業不参加の願いを受けた。吸収が早く、魔法学の基礎は、そろそろ学び終えそうなくらい優秀なウルルクだ。別に一日くらい休んでも大した問題ではない。

 

 「気付いてたの?」

 「普段から肌の薄いあなたが、今日は一段と青ざめてるから。昨日の雪で風邪でも引いたのかと思ってたわ」

 「そっか……心配かけてごめんね」

 「なっ、し、心配なんてしていないわよ」

 「けど大丈夫だよ、風邪じゃないし。ひと月に一度はこんな感じだから」

 「――ひと月に一度?」

 

 そんな頻繁に具合が悪くなるほどの、病気持ちだったなんて知らなかった。

 いや、でも本人が言うように具合いが悪いわけではないのだろうか。よくよく見ると、顔色も普段とそこまで変わるわけではない。

 これ以上の追及は求めていなそうな彼に、ネリは話題を切り替えることにした。

 

 「勉強しないとなると、暇ね」

 「あ、そうだ。ネリさぁ、書斎にある本棚見たいって言ってたよね? 見に行く?」

 

 たしかに。おばさまの揃えた魔導書はどれも一級品で、手に入れるのは難しいものばかりだ。それを、一回でいいから見て見たいとは話していた。

 しかし書斎は鍵がかかっていて、その持ち主は仕事で出払っている。どのようにして見に行くつもりなのか。

 

 「ブラスキーだから鍵なくても解除魔法で入れるよ。大丈夫、エイダ様に許可は貰ってあるから。叱られて、尻叩き百回の刑を受けることはないよ。安心して」

 「……あなた、今まで尻叩きの刑を受けたことがあるのね?」

 「あははっ、あるよ勿論」

 「…………何したらそんなことになるのよ」

 

 


 ウルルクに連れられ、書斎のある二階へ上る。浮き足立つ少女は、非常に分かりやすく目を輝かせている。誘ってよかったと、彼はほはえんだ。


 「解除エファンセ

 

 ――ガチャ、カチ……カチカチ

 重い扉を彼が押す。薔薇の香りが廊下に漂った。

 促され足を踏み入れると、壁一面に魔導書や史書がズラりと陳列されていて。エイダが精製したのであろう魔導具もそこに並ぶ。

 興奮した様子で、少女は本棚を見上げた。

 

 「すごい、すごいわウルルク! こんな部屋があるなんて。まるで理想郷だわ」

 「理想郷?」

 「ええ。あたし、本に囲まれた部屋を作るのが夢だったの。魔術師メイジになって独り立ちしたら家を出てやろうって思ってた。それで小さな一軒家を建てて――なんて、考えてたけど……フフ、馬鹿馬鹿しいわよね。今更何言ってるんだか」

 「そんなのさ、魔術師になれなくても出来るよ」

 「……え?」

 「成人して大人になったら、どこかに建てよう。日曜大工は得意だからさ」

 

 ――バカじゃないの、本当。

 言葉にはしないけれど。肯定も否定も受け入れることも、ネリはしなかった。

 

 「あ、ねえ……これは何?」

 

 急に居心地が悪くなった少女は、書斎奥に置かれた、二メートル四方程の大きな布が掛けられた何かに近付いた。

 その瞬間、にこやかだった彼の表情が強ばったのを、ネリは見逃さなかった。

 聞かない方がいいのか。

 いや、聞かないといけない気がする。

 

 「――これは、何なの? ウルルク」

 

 目を逸らしたままの彼は答えない。

 

 「見てもいいのかしら」

 

 沈黙は肯定である。そっと、覆いかぶさった布を引いた。

 ――バサり、

 床に落ちたそれに隠されていたものは、鉄で出来たおりだった。

 

 「鍵は掛かってないのね。少し、けもの臭い気がするわ。けれど、土のにおいはしない」

 「それは……」

 「お仕置部屋か、もしくは……っ!」

 「――ネ、ネリ?」

 「あなた、一体おばさまに何をさせているのよ! とんだ変態だったのね」

 

 勘違いをしているのは、彼女の方である。

 檻を使うプレイって何だ。

 というか、何故そういうプレイを知っているんだろう。あまりにも的外れだったネリの想像力に、身を強ばらせていた少年は、我慢できずに腹を抱えた。

 

 「な、なによ。そんな笑うような事、言ってないわよ」

 「あ、あは……あははっ……ひっ、ひぃ……腹がよじれる」

 「???」 

 

 一頻ひとしきり笑い終えたウルルクは、涙を浮かべた目を拭った。

 

 「はー……もう、こっちが聞きたいよ。なんでそんな考えに至れるの」

 「そんなの分かりきってるじゃない、この檻、あなたの匂いでいっぱいだもの」

 

 ――この娘は人の感情を揺さぶるのが得意なのか。

 今の今まで笑い転げていた少年は、今度は頬を赤く染めることになっていた。

 青白かった肌は、少し血色を取り戻す。

 

 「俺の匂い、とか。ネリこそ変態なんじゃない?」

 「ばっ……バカな事言わないでよねっ!」

 「――言い出しっぺはそっちだろ?」

 「意味わからない事言わないで。このあたしを変態扱いするなんて、覚えていなさいよ!」

 

 見事な悪役セリフを吐き捨て、顔を真っ赤にし怒ってしまった少女は、落ちた布をかけ直し書斎を出ていってしまう。

 

 「あれ? 本、見ないの」

 「そんな気も失せたわ。また今度、エイダが居る時に見せてもらうから良いわよ」

 

 部屋を出て自室に行ってしまったネリの後ろ姿を見送ると、彼は檻の鍵が閉まるのを再確認した。

 

 「制御出来ない俺を知ったら、怖がるかな。それとも――」

 

 ボソりと呟かれた言葉は、いまだ降りやまぬ豪雪の音に掻き消され、彼女に届くことはなかった。

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