第4話

 

 朝日が眩しい。

 寒さに震えながらベッドから起き上がって、下階にシャワーを浴びに行く。

 バスローブのまま、自室へ戻ろうとウロウロしていた時だった。

 

 「おはよう、ネリ」

 「相変わらず早いわね。そういえば、今朝やたら物音がしたけど――エイダは?」

 「仕事。大指導主様グランドデュークに呼び出されたとかで」

 「……はぁ。おばさまも大変ね」

 

 濡れた髪のまま、冷えた廊下にいたせいか。せっかくシャワーを浴びたというのにまた身体が震えてきた。

 

 「食事の用意をするよ」

 「わかった、着替えたら下へ降りるわね」

 

 ド田舎に引っ越してきて一週間。居候生活もだいぶ慣れてきた。

 午前中にウルルクへ魔法学を教えてから、昼食を取って、近くにある拒絶ルフゥーの森へ薬草を採取しに行く予定だ。今日は積もるほどではないが、雪が降っている。強くならなければいいが。

 草木が生い茂る森へ出掛けるので、服装はなるべく動きやすいものをクローゼットから取り出した。ニットにオーバーオールを着たが、裾を引き摺ってしまうのでロールアップしておく。

 放置した髪の毛が半乾きで、少し気持ち悪い。

 しかし自分で結えないので、とりあえずそのままにしてリビングへ向かった。


 

 「また乾かさないで放置したの?」

 「ドライヤー嫌いなんだもの、仕方がないでしょう」

 「我儘わがままだなぁ、もう。食べてて、乾かして結い上げるから。何がいい? ツインテール? たまにはポニーテールとか。ああ、外出するしシニヨンでもいいね」

 「……任せるわ」

 

 幻狼族マーナガルムの彼は、この屋敷の家事や雑用を全て担っている。

 西の魔女は優れた魔術師メイジだが、ネリ同様、家事の才能はこれっぽっちもなかったのだ。おばさまは、ウルルクと出会う前はどうしていたんだろう。

 ネリの場合、幼馴染みに身支度を手伝ってもらっていたが。

 家事のみならず、ふたりは自身の身嗜みだしなみに関しても苦手だった。化粧やヘアメイク、ドレスの着用に至るまで。

 エイダだけでなく、居候の身嗜みも手伝っている彼。

 やらせておいてアレだが、睡眠時間は果たして足りているのか心配になる。

 急用で日も登らない時間に収集が掛けられた時なんて、夜中でも構わず叩き起される事も少なくないらしい。最低限の身支度は自分でやれるようにしようと……思ったが、自分でやるより彼の方が器用だから、やっぱりやーめた。と、すぐに諦めた。

 

 「あたしが家事できないのは、エイダおばさん譲りかしら」

 

 ホットケーキを頬張りながら、独り言のように言う。

 彼は痛みを与えないよう優しく髪をかしつつ、その呟きに答えた。

 

 「実験は得意でも、手先は不器用なんだね。魔法使いって不思議〜。あ、でもネリは別に出来なくてもいいよ」

 「はあ? どうしてよ」

 「こうして、君の髪を触る口実が出来るから」

 

 ――ちゅ。

 

 「……っ、ばっかじゃないの!」

 「あはは」

 「なんなの、あなたって本当分からないわ」

 

 長い時間をかけてシニヨンに編み上げた後頭部へ、軽いキスをされた。

 この男は、澄まし顔でこういう事をしてくる。

 たまにでは無い。しょっちゅうだ。

 美麗な相貌に加え、女性に対し軟派だから、街の婦人たちも色めき経つのだろう。

 彼女たちの夫に、少し同情した。

 睨みを効かせて張本人であるウルルクを見る。

 

 「そう睨まないでよ。挨拶だよ、あいさつ」

 「あいさつ、ねぇ」

 「あっごめん、挨拶じゃない口付けが良かった?」

 「……いい加減にしないと本気ではっ倒すわよ?」

 「体罰ぼうりょくは重罪ですよ、ネリ先生」

 

 今日の授業は何かな〜? なんて。

 変な自作の歌を口ずさみ厨房へ逃げた彼を、うっとおしそうに本日二回目の溜息をついた。

 

 

 ※※※

 

 

 「今日は属性について教えるわ」

 

 初歩の初歩。魔法学で一番はじめに習う項目だ。

 魔法は使えるくせに、この男、基礎中の基礎も知らないというのだ。何故、そんなんで魔法が使えるのか逆に教えて欲しいものである。


 基本的に、属性というのは扱う者にとって最も得意な魔法の種類をさす。

 『六大元素』

 『火』『水』『土』『風』『氷』『闇』

 全ての魔力を持つ物は、この六つの属性に分けられる。

 魔法使い、ドワーフは生まれた時に火、水、土、闇のどれかに割り振られる。これは人為的に変えることは出来ないが、遺伝子によって生まれやすい属性が決まっている事から、遺伝性のものとされている。

 四つの属性の中では、闇属性が一番人口が少なく、この属性を持って生まれた子供は生まれつき能力が抜きん出ている場合が多い。

 そして、残りの二つ。

 風と氷は固有属性といって、ある種族でしか生まれることがない属性だ。

 『風』は小神族エルフ特有の属性。『氷』が幻狼族マーナガルムの属性だ。

 

 「俺は氷属性だけど火の魔法も使えるよ?」

 「ええ、そうよ。所持属性と同種の魔法を使った場合、効力が高くなり魔力消費量も少なくなる。けれど、どの属性も基本的に、魔力さえあれば誰にでも扱うことが出来るのよ」

 

 ただし、自分の属性と相性の魔法の場合。魔力消費量が極端に多く、身体への負担が大きくなる。

 火は水に弱く、風に強い。

 水は土に弱く、火に強い。

 土は風に弱く、水に強い。

 風は日に弱く、土に強い。

 氷は火に弱く、他の三大属性にとても強い。

 そして、ひとつだけ属性法則に当てはまらない闇。闇は全てを飲み込み葬り去るチカラを持つと言われていて、弱点がない。

 

 「どう?わかったかしら」

 「確かに、暖炉の火を灯すとき結構ツラいんだよね。だからなるべく火が消えないようにしてはいるんだけど」

 「そうね、幻狼は極端に火に弱いから気をつけるようになさい」

 「あ……そういえばこの間、薪が湿気ってたのか中々火がつかなくて。何度も魔法使ったから滅茶苦茶疲れたんだよね」

 「そりゃそうよ」

 

 『魔力』

 魔法の力は有限である。

 魔力を持つ者は魔法を使うことが出来るが、生まれながらにして使用出来る魔力量が決まっている。

 これを『魔力のうつわ』と言う。

 個体差はあるが、限界値というものが定められていて、通常ゼロになることはないが、限りなくそれに近くなるまで消費した場合、回復するのに半日は最低かかる。

 もちろん、回復するまで魔法は使えない。

 

 しかし、例外が一つだけ存在する。

 『幻狼マーナガルムの血』や『賢者の石』といった『魔力を増幅させるモノ』を体内に取り込むことによって、魔力の器の限界リミッター解除をすることが出来るのだ。

 かといって、無限に湧き出るわけでは決してない。

 寿命を縮め、魔力の前借りをするということなのだ。

 限界を超えた魔法の連続使用は、身体が耐えられず、最悪死に至ることもある。

 故に魔力の限界解除は、法律で禁止されている。破った際には魔法使いの名を剥奪されるほどの重い罪だ。

 場合によっては極刑もまぬがれない。

 一方『賢者の石』に関しては……その存在すら怪しい。

 記述されている文献の内容は、まるで御伽噺おとぎばなしのようなことばかりなのだ。きっと、何者かの作り話なのだろう。授業でも、そのように習った。

 ――が、魔力を持たない人間でさえ魔法が使えるようになるほどの効力を持った幻狼の血は、一部でいまだ取引されている事実があるのは確かな事である。

 

 「……だからか」

 「ええ、だからよ。自分を大切に守りなさい。あなたの――幻狼の血は希少価値が高すぎる」

 「てっきり、毛皮でも剥ぐために密猟されてたんだと思ってた」

 「――それも、ないとは言えないけれど」

 「はっ、まるでモノ扱いだね」

 「……本当、ヒトも人間も、無いものを欲しがりすぎるのよ。幻狼族マーナガルム小神族エルフも、同じ命なのに」

 

 小神族エルフは魔法のみなもとである『マナの精霊』と唯一交渉できる、神に等しい種族だ。精霊は自然を操る。森を作り、海を広げ、生命を生み出す。

 

 すべての魔法は、この『マナ』から誕生したのだ――。

 

 幻狼族のように命を狙われる……というよりは、彼らを我がモノにしようする輩が大半で。捉え使役し、奴隷のように扱う人間や魔法使いが、悲しいことに、半世紀前まで存在していた。

 

 「……今日の授業は、もう終わりにしましょう。彼らのことを考えたら、続ける気になれないわ」

 「わかった。それじゃあ、お昼にでもしようか」

 

 席を立つウルルクの袖口を掴み、それを阻む。

 魔法学を教えるにあたって必要だとは言え、嫌なことを聞かせてしまったかもしれないと、自責の念に駆られたからだ。

 彼は揺れる蒼色の瞳に、淡く笑みを浮かべる。

 

 「――自分のことを、知らなかったんだなって。まあ、捨てられた時は知ろうともしなかったけど。少しでも理解できて良かったよ、ネリ。ありがとう」

 

 もしかしなくても、気を使わせてしまった。

 掴んだシャツを大人しく手放し、広げた教材をまとめる。

 

 「あたしも手伝うわ」

 「……午後は雪が降るかな」

 「なっ――もう降ってるわよ! 失礼ね」

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