第2話
温めてから駅舎まで来たのだろう。
屋敷の中へ入った瞬間、薪が燃える臭いと生温い空気が身体を包んだ。
「俺たちの部屋は上。君の部屋は階段を上がって突き当たりを右、二番目の部屋だよ。その奥は物置で、手前は俺の部屋。左側はエイダ様の書斎兼寝室。書斎以外、鍵は掛からないから。間違えないように気をつけて」
強制的に巻き付けられたマフラーを返そうとするが、彼はネリの荷物を二階へ運びに行ってしまう。追いかけようとしたが、小一時間歩き通しだった為一刻も早く座りたくなってしまい、申し訳ないとは思いつつリビングへ移動した。
暖炉を囲うように配置された二人掛けのカウチソファーと、おそらく、魔女おばさま専用のハイバックスタイルの重厚感ある猫脚ソファーがあった。
猫脚ソファーが気持ちよさそうで気になったが、さすがに本人の許可も得ず座るのは気が引ける。
――もう座れればなんでもいい。床以外なら。
乳酸の溜まった両足でふらふらとカウチソファーへ向かい、腰を深く沈ませた。
パチパチと薪が弾ける音が、肉体的も精神的にも疲労した身体を眠りへ誘う。
コートも脱がず、うつらうつらしていると、レースのクロスを敷いたラウンドテーブルへティーカップが置かれた。
「……荷物、ありがとう」
「どういたしまして。コート、そこに掛けておくよ」
脱げ、と暗に言われて煩わしそうにコートを脱ぎ渡す。
怠惰な彼女を見て、やや苦笑気味に微笑む。押し付けたマフラーを受け取ると、コートハンガーへ掛けた。
浅く座り直したネリは、ゆらりと立ちのぼる湯気から甘く優しい匂いを感じ取る。カモミールティーは、身体を温めリラックス効果の高い紅茶だ。
ほんのりと、薬草の匂いも楽しみながらカップを傾ける。
「口に合うといいけど」
「――美味しいわ、クッキーがあれば最高ね」
「あははっ、それはよかった」
「おばさまは? 勝手に上がってしまったけれど」
「すぐ帰ってくるよ。所用で出てるだけみたいだから」
※※※
カップが空になる頃、
談笑していた彼は急いで玄関へ向かう。
「おかえりなさいませ、エイダ様」
漆黒のローブをバサりと少年に投げ、ランジェリーのような真っ赤なドレスが
「あ〜ん、やあっと逢えた♡」
ぼいんぼいん、と効果音がつきそうなたわわな胸を揺らしながら、仏頂面のネリを撫で回す。
「良く顔を見せて頂戴? ああ、愛しい
――幼子の頃の記憶しかないが、西の魔女エイダのイメージと大きくかけ離れたおばさまの様子に、ネリはたじろいだ。
「え、ええ、おばさま、ご機嫌よう。大丈夫、少し暑いくらいだわ」
「まっ!それは大変! ウルルク、暖炉消して」
「はい、エイダ様」
「消したら凍え死ぬわよ、止めて」
双子の姉たちに聞いていた彼女と正反対の姿に、もしかしたら魔女おばさまは、自分に気を利かせてワザと大袈裟にお茶目な態度を取っているのかもしれないと思った少女は、こっそりと、隣に立つ『ウルルク』と呼ばれた幻狼に耳打った。
――普段からこう。
あっさり否定した彼の背中を、畏敬の念を示しポンポンと叩いた。
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