第4話

 三日後。

 昼前の汽車に乗る予定が、案外時間ギリギリで焦りながら駅に向かった。

 忘れ物はないか念の為確認する。切符は、コートの中。

 着慣れた学校指定のローブは、実家に置いてきた。結局、荷物もボストンバッグ一個分で、まるで小旅行にでも行くみたいだ。

 両親は仕事の為に見送りには来れず。

 子供じゃないから、寂しくなんてないけど。必ず来ると言っていた双子の姉達は寝ていたので、起こさず放置して家を出てきた。

 ――今頃、マルクは授業中かしら。

 四ヶ月ある最終学期が終わったら、晴れて四年生だ。

 一生懸命に着いてきたあの子なら、きっと自分がいなくても大丈夫。高等部へ上がってから虐められることもなくなったから、安心だもの。

 煙をかした、汽車が六番線へ入ってきた。

 住み慣れた大都市を、いよいよ離れる時が来る。出発までは時間があるが、ネリはバッグを胸に抱え、先頭車両へ足を踏み出した。

 

 「待って!」

 

 聞き馴染みのあるハスキーな声色こえ

 見飽きたそばかすのはずなのに、何故か胸を締め付ける。

 

 「――マルク、最近そればかりね」

 「……はっ、はぁ……そ、それは大体ネリちゃんのせい、だよ」

 「それで、あなた一体何をしているの。とっくに授業、はじまってる時間じゃない」

 

 見送りに来てくれたのは、言わなくてもわかっていた。こうなる事が分かっていたから、敢えて出立時刻は教えなかったのに。

 

 「時間ないの。言いたいことがあるなら早くして」

 

 ――嘘をついた。発車するまでまだ十分はあるのに。

 それを聞いた彼は、乱した息を早急に整えると真っ直ぐネリと向き合った。いつになく真剣な眼差しに、彼女も身体をマルクへ向ける。距離が近付くと、段々見上げるかたちになって。

 身長を越されたのは、何歳の時だったろう。

 大人の体つきになってしまった幼馴染みは、自分よりも頭一つ分以上大きくなった。

 初めて出会った七つの時は、ローブを引き摺るくらい小さかったのに。

 こんなふうに思う日がくるなんて。普段、過去に囚われることの無い彼女は、この時ばかりはマルクと過ごした十一年を反芻はんすうした。

 目の前に立つ彼が深爪気味の手を差し出し、頬へ滑らす。

 

 「なんのつもり――?」

 

 ちょこちょこ後ろをついてくるのが、ウザったいけど子うさぎのようで可愛かった。

 煩わしいと言っていたお嬢さま扱いも、本当は嬉しかった。

 子うさぎかと思えば、絹糸を紡ぐように繊細な手つきで髪をき、枝毛一本でも大騒ぎしたり。休日に買い物へ付き合わせた際には、ひ弱なくせに購入品を無理して全て持ってくれた。

 何よりも大切にしてくれた手を、ネリは払い除ける。

 

 「すきだ、」

 「……は?」

 「好きなんだ、ずっと。ボクはキミの事をそういう目で見てきた。いや、そういう目でしか見てこなかった」

 

 ――何を言い出すかと思えば。

 間もなく汽車が出るというのに、彼は落ち着いた音程トーンで想いを告げた。

 

 「最後だから言わないとって、思ったわけ?」

 「違うっ、ちがうよ! 最後なんかじゃない」

 「…………」

 「今すぐ答えが欲しいわけじゃないんだ。……でも、有耶無耶にして欲しくはない。だからネリちゃん、返事は帰ってくるまでに考えておいて欲しい」

 「――マルク、」

 「それまでに何としても、ボクが方法を見つけるから」

 

 せっかく進学したんだから、自分のしたいことをすればいいのに。

 彼はどうしても、ネリが失った魔力を取り戻したいらしい。

 前例がないそれは、ほぼ不可能だというのに。


 処分を受けてから三日。

 彼女も必死に聡明な頭をフル活用し、探した。

 でも、どこにもそんな文献は存在しなかった。魔力が無くなるなんて、通常ありえないのだから。

 

 「あなたに何が出来――っ」

 

 自分が、一番わかっているのだ。

 それをほじくり返されて苛立ちが募り、つい刺々しい態度を取った彼女は、全て言い終わる前に言葉を詰まらせる。

 抱きしめられていると理解したのは、その数秒後だった。

 

 「――離しなさい。もう、行かないと」

 「手紙、送るよ」

 「手紙?」

 「うん。向こうに着いたら住所教えてね、ネリちゃん」

 「はぁ、呆れるわね。本当」

 「ええっ! 酷いなぁ」

 「……ねえ、マルク。もう行くわ」


 汽笛が鳴る。

 抱きしめられた衝撃で落ちた荷物を彼から手渡され、受け取った。

 乗り込んだ汽車の中、こちらを見る彼と目が合っている。

 煙突から煙が立ち上り、ドアが閉まった。

 閉まる瞬間、待つと言っていたマルクからの告白への返事を言葉にした。

 ……真剣な彼の気持ちを、有耶無耶にしたくなかったから。

 聞こえたかは分からない。

 ホーム側の窓越しに見えたマルクの苦虫を潰したような表情に、薄く微笑み返した。

 

 「ごめんね、大好きよ」

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