第3話

 自宅へ帰ると、珍しく両親と双子の姉が揃っていた。国から期待され、せわしない彼女たちが態々出迎えてくれるとは思っていなかった。あまり時間はないのだろうが、顔を見れるのは春の帰省以来なので、少女は少しの時間でも会いにいてくれた事が嬉しかった。

 事情は既に、自宅の屋敷へ着く前に聞いているのだろう。

 特に何を問い質すわけでもなく、姉たちはあたたかく微笑みかける。

 

 「おかえりなさい、ネリ」

 「大変だったわね、ネリ」

 

 彼女たちは荷物を置いた妹へ駆け寄ると、両側からぎゅっと抱き締めた。

 

 「姉様たち、ただいま」

 「ああっ私の可愛いネリ大指導主グランドデューク様が何をお考えでも、魔女おばさまのところへ移り住んでも、今生の別れというわけではないわ! きっと、おばさまが何とかしてくれるはずよ。ねえ、お姉様」

 「せっかく久々に逢えたのに、すぐにお別れなんて……。大変だと思うけど、頑張るのよ。お姉さま達は、世界で一番愛しい貴女ネリの味方だから」


 魔女おばさまのところへ、移り住む――?

 というか、今生の別れってなに。


 家族の前でも虚勢を張ってきたネリだったが、さすがに今日だけは姉達に甘えようと思っていた。

 その矢先、双子の妹に嵐のように捲し立てられ、そんな気持ちが一気に失せる。

 問いただそうとした時、キッチンの方から母が好物のジャムクッキーを盛った皿をダイニングテーブルへ配膳した。人数分カップをひろげると、紅茶の香りがフワりと漂ってきた。

 ダージリンのフルーティな香りに誘われ、双子たちと3人がけの椅子へ座る。

 ――父は何を言うでもなく、奥のソファへ腰掛けていた。

 爽快感のある渋みと深いコクに、今日一日、モヤモヤしていた気持ちがしずんでいく。


 「おかえりなさい、ネリちゃん」

 「はい、ただいま戻りました。お母様」


 紅茶をたしなみ、娘が落ち着いた頃合いを見て母は話を切り出す。

 話題は、ネリの退学になったこと自体ではなく、魔力がなくなった彼女をどうするか、という話だった。

 ――そんなの今更何を言っても、そこにあたしの意思は関係ないでしょうに。

 チラりと父親に目をやるが、少しもこちらと目を合わせようとしない。ピリついた空気が父にまとわりついている。胸に淀む厳格な父親への恐怖に耐えられず、カップに残ったダージリンティーに意識を持っていった。


 「よく聞いて、ネリちゃん。家を追い出すわけじゃないの。ただ、そのね。落ち着くまでエイダ……魔女おばさまの処で静養するのも良いのではないかって」

 「……そう」

 「私たちは反対したのよ。そうよね、ランお姉様」

 「タナの言う通りよ? 魔女おばさまって怖いし偉そうだし、ネリには合わないよって、父様にも言ったのよ私」

 「ラン姉さま、タナ姉さま……良いよ、別に。魔女おばさまの事、あたし嫌いじゃないもの――。とは言え、あんな西の田舎に移住するのは実に不愉快だけど」


 退学させられ、どうするかなんて今日の今日で決まっているわけないし。

 何もせずフリーの魔法使い(見習い)になんてなる気は、勿論なかったけれど。このまま実家にいても、肩身が狭いだけだ。

 母や姉たちは兎も角、父が家に居ることを許すわけないのだから。

 それなら、一層のこと。ここから追い出される方が余っ程マシだ。



 大陸の西、山間部。

 フランダール家の現当主で、ネリの父親『ルグレ=フランダール』の妹、エイダ。

 三十年前。よわい十七という若さで、リセ・トゥール・ド魔法学校を卒業した若き天才だ。フィラデルフ国で『西の魔女』と言えば知らないものはいない。

 国家所属の魔法薬学者ファーマシストであり、大指導主と対等の地位を得ている、異例な魔術師なのだから。

 彼女とは、赤ん坊のころに会ったことがあるらしいが、記憶にはない。

 けれど、ネリにとって、一族の中で唯一憧れと呼べる存在だった。



 ――経緯はどうであれ、彼女の元で暮らせるなんて。

 魔力は尽きたけど、運が尽きたわけじゃないのだと、内心、うれしかった。

 聞き分け良くしているのは、決して、魔力を取り戻すことを諦めたのではない。マルクにも啖呵たんかをきった手前、自分でもやれることはやらないと……。

 お母様はああ言っていたけど、会話に交じらないお父様は、西の郊外行きをにセッティングした訳じゃないだろう。

 フランダールの恥だから、本家にいて欲しくない。

 だから昔から仲の悪い妹の魔女おばさまへ押し付けた、というのが本音ではないか。

 静養、だなんて。

 あたしは別に、病気でもなんでもないのに。


 期待を裏切ってしまって申し訳ないという気持ちと、冷めた父親の潔癖な様形に、湧き出す感情はあった。けれどネリは、超然とした態度で受け入れた。

 

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