最終節 歩む足跡
人、レシーバーズ、守護獣。鎧から、三位一体の力が登子の全身を駆け巡っていた。暗雲の中、その身体は光を放つ。
魔騎難は光線を止め、宙を舞う登子に目を向けた。登子はおもむろに拳を握り、温度を確かめる。
「登子ちゃん。あそこに攻撃を打ち込むんだ!」
鎧からリッキーが語りかける。マージナルセンスの力で戦うべき相手を見据え、正拳突きを繰り出した。
背後から数多の隕石が現れ、魔騎難めがけて飛んでいく。隕石は魔騎難の身体を破壊する。魔騎難はまたしても再生を試みるが、『傷口』がマグマに侵食されて再生できない。さながら、不死なる神話の怪物ヒドラが、自らの首を焼かれた時のように。
「何だ、この感覚は…!」
魔騎難が呻く。
「それが『痛み』よ。あなたが私達に焼きつけてきたものよ。やっと、刻みつけられた…!」
登子の鋭い眼差しが魔騎難を刺す。
「調子に乗るな!」
魔騎難は影のごとき本体を現し、竜となった王城を背に炎の剣を構えた。
「己の手で葬ってくれる!」
竜は再び光線を地に放つ。登子はそれを防ごうと、大地に向かって手をかざした。すると薄膜が張られ、すんでのところで光線を受け止めた。しかし光線の圧は強く、現状維持が精一杯であった。
その隙を逃さず、魔騎難は一太刀あびせる。だが、
「させないよ!」
鎧から炎威明が飛び出し、白刃取りをした。
「火力勝負、やってみる?」
炎威明は全身を燃え上がらせ、魔騎難を焦がす。魔騎難も負けじと炎熱を放った。互角の熱量である。
「お前達はそうだ。あの時も、今も!束になって己の邪魔をする!煩わしい!その弱さこそが、人が進化していない何よりの証拠!消すべき塵芥の証左!」
「油注ぐようだけどさぁ…全部キミに返ってきてない?それ」
「どういうことだ!」
「だってそうでしょ?他人(ひと)様の身体借りて、力奪っていきがってるのがキミじゃん。ヨソのツギハギで偉そうにされても…ねぇ?」
炎威明の言葉が引き金となり、魔騎難は怒髪天となった。
「断じて違う!己は混沌の使者、世界を管理せし絶対の存在だ!元を正せば全てが己に帰依する!」
炎威明はため息をつき、
「思い上がりも、ここまでくると大したモンだね」
と皮肉交じりに呟いた。
「感心している場合じゃないでしょう!」
鎧越しに久手空使が咎める。
「そういう意味で言ったわけではないと思うが…」
「ま、久手空使は頭かたいからねぇ」
呆れる渡摘と、鎧に戻りながら茶化す炎威明を前に、バツの悪そうな久手空使は咳払いをして、
「…登子、今が好機です。魔騎難は冷静さを欠いた。そこに勝機はあります」
と、登子にアドバイスを送った。
「わかったわ!」
登子は魔騎難に詰め寄り、久手空使の力で大蛇の尾と化した右腕で叩(はた)いた。更に、渡摘の力で巨大な鋏を呼び出し、吹き飛ばされた魔騎難を縛り上げた。
「お前達と何が違う…!お前達にしてもツギハギだろうに…!」
「わからぬか」
鎧から七光の声が響く。
「俺達は登子殿を支えたいと願い、ここにいる。奪い、我が物顔で振るってきたお前とは違う!」
いくつもの温もりが、登子の肌を優しく包み込む。
「そう。これは皆の力。そして…あなたが無視した心(ちから)よ、魔騎難!」
登子の拳が魔騎難に当たる。魔騎難の全身から、黒い霧が噴き出した。奪ってきた力の全てが抜け落ちていく。魔騎難は力なく地に堕ちる。それを見届けた後、登子は鎧に語りかけた。
「地上のこと、お願い」
「登子殿は…」
「私は決着をつける。あいつと」
尚も光線の止まぬ地上に、登子は鎧の力を注ぐ。そして、魔騎難の堕ちた方へと落下していった。因縁に終止符を打つために。
一方、城内では燈花が動力部にたどり着いていた。
「おや、家主が来ましたか」
既にブラックリブラがいた。燈花は微かに驚き、目を瞬く。そんな彼女を見て、ブラックリブラは悪戯に微笑んで言った。
「あいにく、あなたの好きにはさせませんよ。小生、一応敵国の者ですから」
「今更そんな──あなたまさか…」
動力部に触れるブラックリブラを、どこか哀しげな雰囲気を放つブラックリブラを見て、燈花は悟った。
「そのまさかです」
「ダメよ!そんなことしたら、あなたの命が…」
「咎めるのですか?小生を。同じことをしようとして、ここに立っているのでしょう?」
燈花は一瞬、言葉が出なくなった。
「やはり。他に方法も無いですしね。城を壊す以外、どうにもならない」
「…でも、違うわ。私、約束したもの。生きて帰るって。あなたも生きて。あの子のために」
「帰れる保証がありますか?世界を跨ぐほどの力を持った装置を壊せば、相応のエネルギーが溢れる。無事でいられるわけがない」
動力部を睨みつけ、ブラックリブラは呟く。
「帰れるものなら…どれだけ良いか」
その時、彼方から物音がした。燈花とブラックリブラは身構える。
「魔騎難…!?」
「そんなはずは…しかし、城内から奴の気配が消えたのも事実…あるいは、別の配下がやって来たか…」
「…行くしかなさそうね」
物音の正体を探るべく、燈花とブラックリブラは一時動力部の破壊を中断し、音の鳴った方へ引き返した。
壁に背をつけて近づく。息を殺し、曲がり角を慎重に覗く。そうして進む途中、声らしきものが聞こえた。
「どうやら、警戒する必要は無さそうですね」
「何故?」
「魔騎難側の立場で考えてみなさい。わざわざ小生達に気づかれるような真似、すると思いますか?」
それもそうだ。燈花は手を叩いた。こんな勘の悪さでよく軍国の女王として君臨できたものだ。ブラックリブラは呆れた風に、首を横に振った。
「なら、物音の正体は私達の味方で…」
「手の空いている者でしょうね。しかも、ここまでたどり着ける能力を持っている」
「1人しかいないわね」
案の定、向かいの廊下から仁が手を振って、足早に近づいてきた。
「お前もいたのか、ブラックリブラ」
「残念ながら」
へそ曲がりな態度を取るブラックリブラの肩を叩き、仁は言った。
「そんなことない。心強いよ」
こうして3人揃って、動力部に足を運ぶこととなった。
「…で、策はあるのですか?今のところ、犠牲者が1人増えただけですが」
「考えならある。俺がエネルギーを全部吸い取る」
「そんなことができるのですか!?」
「受け止める。それが俺の…いや、あいつの力だからな」
「却下です。無事でいられるわけがない」
ブラックリブラは足を止めた。
「ダメでしょう。正義の味方が、待つ者を泣かせては」
「…そんな言葉、お前から聞けるとは思わなかったよ」
仁は微笑んだ。
「笑い事じゃない!小生が心配してやっているというのに、あなたは…!」
「わかってる。俺だって死ぬ気はサラサラ無い。ま、気合で耐えてみせるよ」
仁の首根っこが掴まれる。
「そんな根性論で納得するとでも──」
「待って。いいこと思いついたわ」
2人の視線は燈花に集中した。
「仁さんがギリギリまで吸収したうえで、私とあなたで壊せばいいのよ。そうすれば、爆発は最小限で抑えられる」
仁は目を伏せた。
「…ダメだ。2人の安全を保証できない」
「あなたの安全はどうなんです?」
「でも、俺は!…一緒に命を懸けてくれなんて、言えない。もう、巻き込みたくないんだ」
ブラックリブラがため息まじりに言った。
「…何言っているんです。もうとっくに巻き込んでいるでしょう。小生含め、その他大勢」
「だから俺はこれ以上──」
「それでいいじゃない」
燈花が仁に歩み寄る。
「生きるって、巻き込むってことよ。自分の人生に、他の誰かを。登子が身をもって教えてくれたわ。巻き込むから人は手を取り合える。そうやって、大きな夢を叶えていく。生きるって多分、そういうことよ」
ビルドネクサス。仁は自身の纏うユニゾンギアに付けた名前を、いま一度噛みしめた。
「だから一緒に命、懸けさせて」
「…ああ。2人の命、預かった」
動力部に着いた3人は早速配置についた。仁が動力部に触れ、エネルギーを吸収する。2人はその後ろで構え、いつでも動力部を壊して脱出できるように備えた。
仁の体内に国寄せの装置のエネルギーが流れ込み始めた。溶けた鉛を飲み込んだような感覚が全身を侵食する。動力部に触れたまま、仁は膝をついた。息が荒くなり、目の前の景色が朦朧とする。
それでも苦じゃなかった。これは罰なのだ。一度でも弱気に負けかけた自分に対する罰。架純の背負った運命の苦しみに比べればこの程度の痛み、なんてことはなかった。
「お前の力は…受け止める力なんだろ…!?これぐらい、どうにかできるよな…!澪士!」
──ああ、君と僕なら!
竜の咆哮にも似た音を立てて、エネルギーがユニゾンギアの中へと吸収されていく。
「今だ!」
仁が離れ合図すると同時に、炎と拳、2つの攻撃が動力部を破壊した。破片を伴った爆風が身を打ちつけんとする。
その直前、仁は溜め込んだエネルギーを一直線に放ち、脱出口を作った。3人は急ぎ、できたての孔から飛び降りた。
高度数千フィートの空、すかさず仁は翔のカプセルを装填し、ブラックリブラと燈花を掴んだ。だが、本来なら定員オーバー。加えて、先刻使ったことによるエネルギー不足。自由落下には至っていないだけで、飛行と呼べる行為はできていなかった。
分厚い風を全身で受け止めつつ、仁は必死に考えた。猛も戦闘時に使い果たした。残るは水中移動用の浪と、地上での持久活動や防御に適した久だけ。どうすれば──
いや、ある。そうだ。これしかない。
咄嗟に閃いた仁は早速翔を取り外した。自由落下が始まる。
「仁さん!?」
「あなた一体!?」
「ワリィ、ちょっと巻き込まれてくれ!」
「何に!?」
ブラックリブラと燈花が驚き慌てる中、仁は不思議と落ち着いていた。死が隣にあるから?違う。仁は確かに感じていた。風を。
まず、仁は久を装填した。全身が黄色く発光する。持久力があるということは、すなわちエネルギー残量が他に比べて多いということ。わずかながらでも吸収し、翔に転用できれば。
その目論見は見事的中した。すぐさま付け替えた翔は、飛行能力を取り戻していた。とはいえ、既に加速のついた身である。超高速で滑空をしているような感覚だった。無事に着地するのはまず不可能。そんな状態で、一同は間もなく地面と接触しようとしていた。
「これも織り込み済み!」
次に、仁は浪へ切り替えた。青く光る身体は、地盤沈下によって泥水に浸された大地へ突っ込んだ。着地する直前、仁は浪の力を最大限放出した。怒涛の勢いで水が巻き上げられる。やがて自由落下の速度を相殺し、仁達は無事着地に至った。
すっかり水気の無くなった地面に仰向けになり、仁は安堵した。
「上手くいったぜ…」
すると、2つの手が仁の額を叩いた。
「痛っ!何すんだ!」
額を押さえる仁に2人が詰め寄る。
「こっちの台詞よ!事前に説明しなさい!」
「できるかあんな状況で!」
「着地もマトモにできないのですか!?危うく死ぬところでしたよ!」
「じゃあお前がやれよ!ていうかお前、そんなヤワじゃねぇだろ!」
「心の問題ですー!誰だって嫌でしょうあんな高所から落ちるのは!それに、掴んだのはあなたでしょう!」
「しょうがねぇじゃん咄嗟だったんだから!」
仁が反論すると、ブラックリブラは吹き出した。
「咄嗟…ね」
「何だよ」
仁は不服そうに口を尖らせた。
「いえ。ただ…わかっただけですよ。小生も奴も、あなた方に勝てなかったワケが」
「…何だよ?」
「野暮でしょう、答え合わせなんて」
「何だよ、それ」
仁の顔がほころぶ。大地が徐々に癒えていく。鎧の力が浸透しているのだ。
「登子…」
急に呟くものだから、不意に燈花の方を見ると、神妙な顔をしていた。
「どうした?」
「あの子、今…背負っている。あの子自身の、タカマガハラの因縁を」
燈花の顔の向く方へ視線を移すと、遠方で2つの影が衝突していた。
「あれは…!」
間違いない。登子と魔騎難だ。
「…行かないのですか?加勢に」
遠くを眺める2人に、ブラックリブラは尋ねる。仁が答える。
「それこそ野暮だろ。あいつは今、向き合ってるんだ。消えた5年分、全部と。さすがに…巻き込めねぇ」
今、登子と魔騎難は向かい合っていた。登子は越えるべき壁と。魔騎難はかつてない敵と。
「あの時の小娘…お前さえ殺せていれば、こんなことには…!」
「違うわ。あの時、あなたはもう姉さんに負けていたのよ。はじめから、負け戦だったのよ」
「黙れ!」
魔騎難が殴打する。しかし、いくら殴打されても登子は怯まない。もはや、その拳は痛みさえ届けられなかった。
「いくら奪ったって、心までは奪えない。そして、絶対得られない」
登子の目が一瞬、下を向く。鎧の形となって、タカマガハラの大地を癒やしてくれている仲間達。
「この…絆は!」
登子の一撃が魔騎難の胸を貫いた。
「バカな…己が…この、己がァ…!」
黒い影は遂に、陽の光のもと消え去った。登子はふらつく足を踏ん張り立つ。みるみる内に花が咲き始め、花畑に一本の道が出来上がる。まるで、轍のように。道の先には姉が、燈花がいた。
登子は歩き出す。その後ろから七光、リッキー、義太郎、奉莉、勾国と轍国の人々が着いてくる。
そして姉妹は向かい合う。優しく微笑む姉に、妹は少しの気恥ずかしさを覚えた。すると、七光に背を押された。想い溢れた妹は、姉と抱擁を交わした。2つの道はここに、1つとなったのだ。この道は続くだろう。未来へと、どこまでも──
「こちら7番機、上空から飛来した物体の着地点に到着。これは…間違いありません、『島』です!」
その日、世界は荒れた。わずか一日の内に地学、天文学は常識を覆され、世界地図は書き換えを余儀なくされた。
この世からもたらされたものとは到底考えられなかった。考えたくなかった。ならばどこの産物だ?インターネット上では様々な憶測が飛び交い、やがて『Be[yond]-Land(ビランド)』と呼ばれるようになった。また、日本ではビランドを訳した『かの世』の他にも、古来の神話より引用した呼び名が使われた。『タカマガハラ』と。
ともかく、世間は舞い降りた島で話題が持ちきりだった。これが、アマカゼの奇跡からおよそ300年弱の時を経た世界の姿である──
レシーバーズ 陶の章 風鳥水月 @novel2000
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