第五章 神様の誕生日

第51話 封印は解かれる


 月は十二月。あの事件からすっかり時は経った。今までのような大きな事件は無く、しばらくは暇だった。時たま廃墟の除霊に立ち会ったり、火達磨を増産する稲永を眺める程度。

 

 そして今も森の奥の天然洞窟の入口で火をおこし、獣のような四足歩行の妖怪を煙で炙り出した所を、一方的に岩山の上から猟銃を撃ちまくる稲永。何かをしようと呼び動作を見せた所に何度も銃弾が貫く。それをずっと隣で眺めていた柳。その表情は浮かず暗い。


「何考え込んでんだ、柳」

「あ、いや」

「お前、まだ引きずってんのか?前も言ったがワシらはそんなくよくよ出来ん。いつまでもそうしてるとまた……」

 

 話してる間も作業のように発泡と装填を繰り返す稲永。


「違うんです」


 あの日よりずっと柳の心には影が差す。

 だが柳の心に残るのは彼女、由香の死によって思い出した違和感の方だった。

 継ぎ接ぎの記憶には姫らしき人物が居た。だが記憶の中の彼女は傷だらけだった。だがその前に見た夢では傷らしき物は見えなかった。自分と出会ってからしばらくしてからそれができた事になる。


 それに……あの時見た記憶通りなら、姫は一度死んでいる事になる。


 だがその後の違和感が拭ずいつまでものように残る。姫の正体、自身の記憶も曖昧な中で過ごしてきた三ヶ月。少しづつ見えるそのパズルのピースだが、その全容は未だ見えない。


「じゃあなんだ?」

「記憶を呼び起こす方法ってありますか?」

「あ?何の話だ?」


 猟銃が獣の頭を粉砕しそれは息絶える。

 一息ついた稲永は煙草に火をつけそのまま聞き始める。


「俺、実は高校の時の記憶が無いんです」

「は?」


「最初は単に全部忘れているだけかと思ってました。けど姫……あ、白痴の姫と過ごしていくうちに、それがその白痴の姫に関するものが殆どなんです」

「つまりなんだ?そいつの事を知るためにどうにか思い出そうということか?」


「はい」


稲永は少し考えた後、渋々口を開く。


「……一番良いのはあの鴉女のとこだ。あのサイコに任せればオカルト関連の技術でどうにかしてくれる。今から行くか?」


「え?いいんですか?仕事は?」

「そんなもん後はこいつを燃やしたら終わりだ。じゃ、早速行くぞ」


 吸いかけの煙草を放り投げ、岩山から降り歩いて行く。

 吸い殻の火は獣の上で広がり、不自然な程に強く燃え盛る。周囲の木々とは距離があり燃え移る事無く、灰になっていく。






「それでここに来たのかい?」

「ああ、使えるモンは無いか?」


 不気味な何かの瓶詰、古い本棚に並ぶ分厚い本、まじない用の物なのか不気味な人形やアンティークが所狭しと置かれる。古い日本家屋に無理矢理コンクリートの病院をつなぎ合わせた様なちぐはぐで異様な外見の内装の建物、これで病室は普通なんだから外に出るのが躊躇われる。

 今居るのはここで入院して居た頃ではあまり見ることのない、気味の悪さが漂う診察室だ。


 鴉女医は大層嬉しそうに手を合わせて言う。


「それならちょうどこの間完成したものが二つあってね」


 そう言って彼女が奥の扉から持ってきたのはいつか見たディスプレイだ。そのサイズはスマホ程の大きさになっており、前見た時とは違いコードが繋がっていない。


「改良を重ねて軽量化と無線接続ができるようになってね。端末丸々このアプリで埋まったけど使用には問題ないよ。柳君は知ってると思うけど、これは催眠装置だ」


 もう一つは取っ手のついた大きめの紫色のキューブだ。取っ手と反対側には穴が四つ空いている。


「これ完全にゲー○○ューブですよね?」

「これで遊んで思い出すのか?」


「いや確かにそれはゲー○○ューブの外装は使ったけど全くの別物だよ。今回それは使わないよ。というかただの武器だよ。せっかく完成したから持って行ってほしくてね。今回使うのはこっちだよ」


 と言ってディスプレイの方を柳の方に向ける。


「さ、そこのベッドで横になって。催眠状態にして前やった事と同じ事をする。あたしも君の中が気になっていたからね。再びの探索と行こうじゃないか」


 言われた通り、柳は和風の寝台の上で横になる。


 ディスプレイが点滅し、サイケデリックな色とりどりの幾何学的模様がいくつも現れる。自分が何を見ているか分からなくなった時、その言葉が聞こえる。


「”きみやとがはなんぞ?わがまゑにその■をあはらしたまへ”」

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我々は皆、怪物である 西城文岳 @NishishiroBunngaku

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