そろそろだね
第50.5話 終わりの始まり
君、死とは何だと思う?
人生の終わり?生命の終わり?永遠の闇?
新しい旅立ち?肉体からの解放?輪廻転生?
人それぞれ思うところがあるだろう。
だがどれも一度、記憶も何も無いゼロから始まり、そしてゼロに終わる。
だが死してなお、ゼロに戻らず生まれ変わったそれはどういう存在だろう?
正直、私は恐ろしいね。どちらでもあり、どちらでもない。混ざるはずのない二面性を持つ存在が与える影響は、世を乱し酷く狂わせる。
だからこそ、その芽の出る土地を整え、狩られなければならない。
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月の上でただ宙を浮かぶ姫。
ふわふわと無気力にクレーターの上を漂う。ベッドの上で力を抜いたように脱力した体勢で地上より一定の距離を保っている。
「姫サマ、ドウシタノデス?」
月の瞳はその真下で問いかける。
「ナンダロウ」
「ワカンナイ」
「ケンカシタノカナ」
それを遠くから他の瞳達がひそひそと話し込む。彼らも姫の突然ここにやって来てからこの調子で誰も何があったわからない。それ故に一番近くに居た個体に全てを任せている。
「……」
「姫サマ」
「……」
「姫サマ?」
何度問いかけられても反応のない彼女は、月の瞳から離れるように飛んでいく。その目はどこも見ておらず上の空だ。
その月の瞳は呆れるように肩を落とし、巻物を掲げる。
「ほいさ!どうしたのかな~?姫ちゃ……ん?」
ポン!と音と煙と共にどこからともなく現れた彼女は、自身を呼び出した人物が想像と違い固まる。
「ドウモ、ヤマダサマ」
「あれ~?姫ちゃんじゃないの?」
「姫サマハアチラニ」
二人から遠ざかるようにクレーターの上を過ぎ、そのまま月の果てに行ってしまいそうだ。
「どうしたの?彼女」
「貴方ハ未来が見エルノデハ?」
「私が見えるのは人間のだけだよ。自分達のことはそこで副次的にわかるだけで」
「ソウデスカ。ドウシタノカハワカリマセン。突然帰ッテ来タカト思ッタラコウデス。貴方ナラナニカ知ッテルカト思ッタノデスガ……」
その月の瞳は噓をついた。彼だけは彼女に何があったか知っている。ただ彼女に仕える身分では彼女どうするのも難しいと考えた故に彼女を呼んだんだろう。
「そうは言ってもな~」
「姫サマハ恐ラク、神ト人間トノ恋ノ難シサニ躓イテ居ルノデショウ」
検討違いではあるが、少なくとも勝手に励ましてくれそうな話題を降らせてみることにしたようだ
「ふーん?そうだ!おーい姫ちゃん!出かけるよ~」
姫の有無を聞かずにヤマダは二回手を叩いた。その場から二人が消える。
「消エチャッタ」
「アイツニ任セテイノ?」
「今マデ見テ来タ限リデハ、悪イヨウニハシナイデショウ」
「信頼シテルンダネ」
「契約ガアリマスカラ」
そう言って契約書の一文を見る。
そこには”契約違反は死をもって償う、その亡骸は好きにしていい”と書かれている。
「着いたよ、さぁ起きて!」
「へ!?ここどこ!?うわ!?」
突然景色が変わった事に、姫が寝起きを叩きおこされたように慌てふためき空中でバランスを崩したのか地面に落ちる。
「ぶべ!」
「さ、ついて来て。ちょうどいい機会だから話をしようと思ってね」
「待って!?だからここどこ!?急に何の用!?」
体を起こしヤマダの方を見たそこは坂道だ。その脇には墓石が立ち並ぶ。
「なんでここに?」
「着けば話すよ」
先に坂を登るヤマダの後を追う。
その目的地に集まる墓の一つの前に立つ。
「これは……?」
「私の墓だよ」
「え?でも名前は?」
「よいしょっと」
ヤマダはその墓の扉を開き、そこから一つの壺を取り出す。片手で持てる程の大きさのそれは山田の手で遊ばれている。
「姫ちゃん、貴方から見て私ってどう見える?」
「少なくとも、肉体は貧弱よね?」
月の庭を真っ赤に汚したヤマダの赤い痕跡。爆炎の中から何度も現れた彼女は少なくとも神というには貧弱だった。
「そう聞くという事は違うんだよね?」
「そう、厳密には違うんだ」
そう言って壺を開く。
その中にある物の形は真っ赤な楕円形で、何本かの赤と青の触手がうねり脈動している。心臓のようにも見えなくはないが、決定的に違うと言えるのは所々歯や眼のようなものが生えている。
「キモ!?」
「アハハ。これ、私の残骸の寄せ集めなんだ」
その中身を見せながら、はにかむ彼女はの目付きは、姫の目から見てもまともだとは思えない。
「昔、神様に会ってね。その時にそれに殺されたんだ。面影もないままにね」
「じゃあ今のあんたは何者なの?」
「今の私は残骸の欠片から身体を再構成してるだけ、神の力を持つだけのただの肉片。有象無象よりは強いけど本当に強い存在相手にはには戦えないんだ。私は死んだ神にと取りついた幽霊みたいなもの?だからね」
「つまり神のような力があるだけの幽霊?」
「まぁそんなものだね」
「で、なんでそれを今私に?」
姫は全くもって今、ヤマダがどうしたいのかが解らない。何故、よりにもよって自身の弱点をさらけ出すような真似をするか解らない。
「強さと言うのは何処から来るかわかる?」
突然話を変えたヤマダに姫は今までの話と関係性が見えず困惑し警戒する。
「純粋に力じゃないの?」
「ううん、力がなくても技術でも戦える人はいる。引き金だけでも相手は殺せる」
「でもね、それが出来ない人間もいるんだ。なんでだと思う?」
「……さぁ?」
「その人は覚悟が無いんだ。いざという時にためらってまともに動けない」
「狂ってる人間が強いのは迷いが無いから躊躇無く引き金を引けるんだ。何の疑いもなくただ相手を殺すことしか考えない」
「何が言いたいの?さっさと言ってよ」
しびれを切らした姫は話を急かす。
「私は恐らく攻め込んで来る神に何度も殺される。だからもしもの時のために貴方にこれを預ける。後はお願い」
「は!?」
「もう私が使えないと思ったらどう使っても構わない」
「ちょっと待って!?どういうこと!?」
姫が詳細を問いただそうとするがヤマダは答えることも無く、その壺が姫に放り投げられると同時にヤマダの姿は搔き消える。
「ああ!もう!何なの急に!」
姫は両手で壺を掴むと悪態を吐く。
結局、姫は気分転換にもならなかった。
手元に残った気持ちの悪いそれをどうしようか考える。
得体の知れぬ不安が強まる、としか言えなかった。
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