第3話 東京 新橋

 続々とお客さんがやって来る店内はとても賑わっていた。朋代たちのテーブルに山菜そばと南蛮そば、天ぷらそばが運ばれて来る。

「冷めないうちにどうぞ」

 朋代ともよの言葉に3人は一斉に箸を手に取った。

「お先に」

「いただきます」

 そう言いながら湯気の立つどんぶりから箸で麺を持ち上げる。鰹だしの効いた香りが漂ってくる。

「こんなに美味しい蕎麦なのに、朋代の口には合わないらしいの」

 蕎麦をすすり上げた映見子えみこがため息混じりに呟く。

「美味しくないって訳じゃないのよ」

 朋代も軽くため息をつく。

「おつゆがちょっとくどくて……」

「くどい?」

 麺を豪快にすすったミチルちゃんが問いかける。

「濃いというか、辛いと言うか。色も濃くて、この不透明な感じに慣れないと言うか……」

「ええっ。私にはちょうどいい感じで美味しいです」

 れんげを使ってつゆを飲んだミチルちゃんが呟いた。

「でしょ?でもね、朋代は透明なつゆがいいんだって。それを朋代から聞いた時はちょっとしたカルチャーショックだったんだよね」

 恨めしい表情を作った映見子が朋代の方を見る。首都圏育ち、親元から通勤している3人にとってはこの味がしっくりくるのだろう。

「ずっと向こうの味で育っているからね。こっちの和食系はどれも何かが違う感じがするの……うまく表現できないんだけど」

 注文した天ざるがまだ届いていない朋代はみんなが美味しそうに蕎麦を食べている様子を見ながら静かに語り続ける。

「特に慣れないのがうどん・蕎麦。それにお寿司・お刺身を食べる時のお醤油かな」


 「確かにお醤油は違うんですよね」

 ふいにユカちんが話を合わせてきた。

「富山に親戚がいるんですけど、あっちのお醤油って甘いですよね」

「えっ、甘い?そうなの?ユカちんにとっては甘いって感覚?」

 お醤油を甘く感じたことのない朋代は驚きを隠せない。

「はい。甘いと思います」

「そうなんだ」

 「旨い」じゃなくて「甘い」なのか……その言い回しに朋代は微かにへこんでしまった。


 「お待たせしました」 

 天ざるが運ばれてきた。朋代はすぐに箸を持ち、えび天を口に運ぶ。揚げたての天ぷらの温かさが身体を優しく包む。思わず頬が緩む。

 「美味しい」

 えび天を堪能した朋代はそば猪口に手をのばした。そして、すくい上げた蕎麦の端をちょんとつゆにつけて麺を啜る。温かい蕎麦を食べていた3人の視線が自然と朋代へ集まる。

「冷たい蕎麦はつけるつゆの量を調整できるからいいの」

「なるほどですね」

 ミチルちゃんが頷く。

「そば湯をもらって、こっそりそば猪口に注いでつゆを薄めたり、ね」

 映見子の暴露に朋代が取り繕った。

「それはこっちに来たばっかりの頃の話でしょ」


 「でも、時々温かいお蕎麦やおうどんが食べたくなりません?そんな時はどうするんですか?」

 ミチルちゃんが問いかける。

「そういう時は『赤いきつね』一択!私には懐かしい駅そばの匂いがするの。美味しいよね、『赤いきつね』」

 そう答える朋代の声は弾んでいた。

「朋代、ここお蕎麦屋さんだよっ」

 映見子が軽くたしなめる。

「あっ、ごめん」

 3人に謝る朋代が微笑ましい。

「まっ、このお店、うどんは置いてないからいいか」

 映見子が話を戻す。

「でね、そのカップ麺なんだけど……ただの『赤いきつね』じゃないのよ」

 内緒の話をするかのように声を潜める映見子にユカちんとミチルちゃんの顔が近づく。

「朋代がいつも食べているのはWマークのヤツだよね?」

 朋代が食べている「赤いきつね」について映見子が言い添えた。

「そうそう。それが絶対外せないポイント」

「Wマークってなんですか?」

「私も知らないです。教えてください」

 ユカちんとミチルちゃんが立て続けに問いかける。

「西日本で売ってる『赤いきつね』の印だよ。WESTのW。こっちのスーパーでは手に入らないのよ」

「どこで売ってるんですか?」

「たぶん、西日本と言われている地域、かな」

「私、食べてみたいです」

 ミチルちゃんは興味津々といった感じだ。

「私も食べてみたいです。おばあちゃんちの味がするかもしれないですよね?」

 ユカちんも乗り気だ。

「朋代さんはどこで手に入れてるんですか?」


 「運んでもらってるんだよね」

 一呼吸おいて、映見子がニヤニヤしながら答える。

「うん?誰にですか?」

 ミチルちゃんはストレートだ。

「あれ?もしかして、いつも渡してもらっている紙袋の中に入っていたのは『赤いきつね』だったんですか?」

 口ごもる朋代を前に、ユカちんが鋭く切り込んでくる。

「ふふふっ。そうだよ」

 映見子が頷く。

「こっちに出張に来る人にお願いして調達していたの」

 「赤いきつね」の配達人、それが誰を指すのか、対象をぼかして答えたつもりの朋代だったが、ユカちんの目は誤魔化せなかった。

「でも、今日の大端おおはしさんは荷物が少なかったですよね?」

 ユカちんの聡い指摘に朋代はギクリとした。

「そうだった?」

 映見子は気づいていなかったようだ。

「朋代、いつもの紙袋、もらってたよね?」

 朋代の方を向いて映見子が確かめる。

「う、うん」

 予想外の展開に朋代は動揺を隠しきれない。

「あれっ?何かある?」 

 あたふたした動きでレシートを掴んで、朋代は席を立ちながら答える。

「わざわざ会社で受け取らなくてもよくなったの」


 レジに向かう朋代の背中で、映見子を中心にした3人の騒いでいる声が店内に響いていた。

「えっ、何なに?社外でも会ってるってこと?」

「餌付けされちゃってたんですか?」

「餌付けって、それは……」

「朋代さんは胃袋を掴まれちゃったんですよ。大端さんの持ってくる『赤いきつね』に」

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「赤いきつね」が結んだ縁 志木 柚月 @yukinana

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