これから何ダース分?

砂臥 環

これから何ダース分?


年末になると、カップ麺を買う。


大晦日の夕飯は年越しパーティーであり、当然酒も飲む。そんな中、年明け近くになると何故『年越しそば』などを用意せねばならんのか……これは非常に不公平であると言わざるを得ない。


そもそもお節も、三賀日働かなくていい為の保存食なのにも関わらず、手間が無駄にかかる。これでは『三賀日休む為にいつもの倍は努力しろ』と言われているも同義。


大体にして、元日に結局雑煮は作るのである。

ガッデム。


結婚前にそんなことを話していたので、当然年越しそばはカップ麺一択。

私は毎年『緑のたぬき』だが、旦那は年越しそばにも関わらず毎年『赤いきつね』を選ぶ。

理由は『好きだから』……う~ん、わかりやすい。


「あのピラピラしたうどんが好きなんだよね。 それに『細く長く』より『太く長く』のがお得じゃない?」

「出た、謎理論」


とはいえカップ麺の良いところは、こうして個人の好みに気軽に応じられるところである。

これが仮に「俺はうどん派だ! 年越しそばなんて以ての外!! 麺はうどんに限る!」と言われていたとしても「はいそうですか」の一言とともに『赤いきつね』を差し出せば万事解決。

私はそばを食べ、あなたはうどん。

用意するのはどちらもお湯である。

素晴らしい。


☆☆☆


──子供の頃、カップ麺は特別な食べ物のひとつだった。


祖母は嫌味な人で、お菓子ですら手作りでないものは『手抜き』と断じるような人。

それでもお菓子は友人と小遣いで、ハンバーガーなどのジャンクフードは外に出掛けた時に食べることもできたのだが、カップ麺となるとそうはいかない。

値段は小遣いで買えても、食べるところがない。

キッチンに続く居間には必ず祖母。家では難しい。

外はもっと難しく、小学生がひとりコンビニのイートインスペースでカップ麺を食べてるのを見られたら、それこそ母がなにを言われるかわからないのだ。


中学生になる前に、両親は離婚し、私と母は家を出て、団地に越した。


働いて帰り疲れている母の為に、私も食事を作ることが増えたが、勿論たまにだ。

母はしっかり食事を作ってくれたが、それが私は少し心苦しかった。


相当疲れていたらしい母が、カップ麺を申し訳なさそうに出した。


「ごめんね、ちゃんと作れなくて」

「お母さん……私、カップ麺好きだよ。 あそこじゃ食べると怒られるから言わなかったけど……それに」


父の実家ではテレビをつけながらの食事も駄目だった。

父は滅多に定時に帰ってこず、気難しい祖父と、口煩い祖母と、母と私で囲む食事は味気ないものだった。


「今、好きなテレビを観ながらお母さんと番組の話をしたり、学校の話をしながら食べるカップ麺の方が、断然美味しい」


☆☆☆


──年明けが近くなり、年越しそば(旦那はうどんだが)の登場。

電子ケトルでお湯を沸かしながら、沸くのを待っている間に旦那にそんな思い出話をした。


「そう言ったら泣いちゃってさ……慌てちゃって」


考えてみたら、母が実家で頑張って作っていたご飯を否定している気もしてきて、私は母の涙にアワアワしてしまったのだ──そう説明すると、旦那は「君ってそういうとこあるよね」笑っていた。

どういうところだ。


「そのときはなにを食べてたの?」

「ん?」


そのときは……たしか。


赤いきつねと緑のたぬきを器に半分こ。


多分、慌てた私が『カップ麺好き』をアピールしたくて、『両方食べたい!』……と言った気がする。

それ以来『赤いきつねと緑のたぬき』はカップ麺の中でも私の一番好きなカップ麺になったので、経緯はともかく両方食べたのは間違いない。


『いい思い出』などと持ち上げながら、旦那は朗らかに言う。


「それはいいね、半分こしようよ!」


──だが、お断りだ!


「やだよ! 洗い物が増えるじゃない!!」

「そこはブレないね!?」


半分こはしなかったが、一口ずつ相手のを食べた。

うん、『赤いきつね』も美味しい。

ピラピラおうどん、確かに美味しい。


一口ずつって言ったのに、旦那はガッツリ私の天ぷらを食べていたので、私ももう一口おあげを食べてやった。


これから年越しだけで、何ダース分の『赤いきつねと緑のたぬき』を積み上げていけるだろうか。


そんなふうに考えしみじみとおつゆを啜っていたら、完食と同時に除夜の鐘が鳴り始めた。

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