終結 完

 俺と桜井さんは取調室から出て、警察署の2階にあるロビーの長椅子に腰掛ける。桜井さんは自販機でコーヒーを買い「ほら」と俺に手渡した。


「新之介と後藤は、やっぱり取り調べ受けたんですか?」


「あー、一日だけしっかり受けたそうだ」


「桜井さんも?」


「そうだな、俺も受けたが、そこは俺も警察官だからな。途中からは捜査に加わって実況見分じっきょうけんぶんなんかをしたよ。俺も見たままを正確に供述した」


「そうですか…」


 俺と桜井さんはコーヒーを一口飲んだ。


「俺、時間経過というか、夢と現実の境目が分からないというか。あの日から何日経ってるのかもあやふやなんです。白滝城跡公園に、桜井さんが来てくれた時は本当に助かりました。どうして三人一緒だったんですか?」


 桜井さんはきちんと話しをしてくれた。


「あれは先週の水曜日だったかな。今日が月曜日だから六日経ってるか…。新之介君から電話をもらったんだ。『葦原あしはら君が若月京香に会いに行った』ってね。あの時すでに若月京香には、複数の殺人容疑が掛けられていた。葦原君も事情聴取受けただろ。新之介君や後藤さんにも、路上で少し話を聴いていたんだ。その時、彼らにも名刺を渡しておいた」


 そういえば、そんなようなことを後藤が言っていた。


「新之介君たちは、学校を早退してまで若月京香に会おうとする君を見て、ただ事じゃないと思って俺に連絡をくれたんだな。その日は、彼女を重要参考人で連行しようとした日でもあったんだ。警察も若月京香の行方を追っていたんだよ…」


「そうだったんですか…」


「彼女のおばあちゃんこと…知っているのかな?」


「はい…、京香さんの口から直接聞きました。取り調べのとき、他の刑事さんにも話しましたが…」


「そうか…。警察は若月京香の自宅を、そのまま家宅捜索に入った。そこで発見されたのが、彼女の祖母の刺殺体だ。そこから後は、君に電話で話した通りだな……」


「……」


「あっ、そうそう、あの時、突然電話が途切れたが…、あれは意図的に切ったのかい?」


「いえ、違います。京香さんは桜井さんからの電話に気付いてて、多分取り巻きの亡霊たちが、俺の携帯を壊したんです。どんな力でやったのかはわかりませんけど…」


「そうかぁ…。まぁ、それで二人が行動を共にしていることが分かってだな、警察本部から携帯電話のキャリアに連絡を入れ、最後に電波が途切れた場所を問い合わせたんだよ。結果的に全然見当違いの場所だったがね。問い合わせてる間、俺は新之介君と後藤さんに詳しい事情を聴きに行った。そしたら彼らが『一緒に君を探したい』と必死に頼んできてね。俺はその方が、場所が特定しやすいと思って承諾しょうだくした」


「なるほど…、だから三人だったんですね」


「そうだ。途中、新之助君が自宅に寄ってほしいと言ってきた。彼の家はお寺さんなんだな。亡くなっている先代のご住職、つまり新之介君のお爺ちゃんが現れて『友達に渡してやれ』って言い残して消えたそうだ。それがあの刀だよ」


「そうだったんですね。突然、投げて渡されたのが、あの変わった形の刀だったんで、どうすればいいのか迷いました。でも本当に助かったんです。…桜井さんたちも刀を持っていましたけど…」


「ああ、新之介君がいざ地下室の大箱の中から、刀を取り出そうとした時、光っている刀がいくつもあったそうだよ。どれが正解なのかわからないから、全部持ってきたと言っていた。結果それが役に立ったな」


「お寺に刀ってあるもんなんですか?」


「彼の寺は、何年かに一度、宝物である刀を御開帳ごかいちょうしているんだそうだ。昔から何かの言い伝えかがあるらしい。詳しくは聞いていないがね」


「そうだったんですか…」


「葦原君は剣道とかの経験はあるのかい?」


「いえ、全くないです。あの時も言いましたが、俺の守護霊みたいな人に、体を預けて、あのを使ってもらったんです。じゃなきゃ俺なんかが、あんなに上手く刀を振るうことなんか出来ません」


「…そうかぁ…。あの時、確かに葦原君が葦原君じゃないような人格だったな。それに姿も…何というか、鬼のようにも、仁王様のようにも見えることがあった。見間違えじゃなかったということか……。いや、葦原君が違う人間に見えるなんておかしな話か。」


 俺と桜井さんは苦笑して話しを続ける。


「君たち二人が、どこにいるのか、心あたりを探してるとき、白いワイシャツを着た少年の姿をチラチラ見たんだよ。何度も同じような少年にすれ違うから、不審に思ってね。ゆっくりとそれに近づくと、姿が消えて、またその先にいるんだよなぁ。新之介君達にも見えていて、明らかに俺たちを誘導しているように見えた。あれは何だったのかわかるかい?」


「あ―それがさっき言った、俺の守護霊だと思います。助けを呼びに行ってくれてたんですね。」


「なるほどね……」


 桜井さんはうなだれてから、長椅子に両手をかけて、今度は天井をあおぎぎ見て言った。


「ふぅーーー、今回は事件、訳の分からないことだらけだな」


 俺はうつむきながら言う。


「いえ…、桜井さんは俺の話を真剣に聞いてくれて、それでいろんな可能性から、正確にこの事件に対処したと思います。感謝してます。でなければ俺は今、ここに生きていないでしょうから……」


 桜井さんは真っ直ぐ前を見ながら言った。


「そうだな……。葦原君、人を助けたいのは分かるけどな…、ましてや好きになった人ならなおさらなんだが…、自分の命も大切にしないといけないぞ。若月京香には君達がいたように、葦原君にも葦原君を大切に思ってくれてる人がいるんだからな」


 俺を大切に思ってくれている人……。実感がわかなかった。


「そうなんでしょうか?まぁ親は悲しむんでしょうけど…。…若月先輩、これからどうなりますか?」


「分からないな…。しかし、彼女が自分の手で殺人を犯したのは二人だ。君の供述どおり、若月京香の家の畑から、白骨化した男の遺体が見つかっている。今、DNA鑑定中だが父親とみて間違いないだろう…」


「……」


「彼女は未成年でもあるし、情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地もある。死刑ということは無いさ。人間を殺そうと思うだけで殺せるなんて、現実の裁判で実証される訳がない。他の事件は証拠不十分じゃないかな…」


「取り調べ……、受けるんですよね」


「葦原君が受けた取り調べは、容疑が不確かな人間にするものだ。しかし彼女は罪を認めた上で話をするだろう。細かくは聞かれるだろうが、事実確認が主眼になる。傷口が深いからだいぶ先になるだろうけどな。…しかし、殺人事件だからなぁ。長い事情聴取になるだろう。それだけ、彼女の犯した罪は重いってことだよ」


 ……。こうなってしまえば、もう俺の出る幕は無い。桜井さんはめくくるように俺に言った。


「明日から学校行けよ。葦原君はまだ学生なんだから、しっかり勉強しないとな」


「はい…桜井さん、ありがとうございました。いろいろご迷惑をおかけしました。京香さんの件、よろしくお願いします。」


 俺は深々と頭を下げた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る