終結 ②

 どのくらい時間がたっただろう?目が覚めると、何度目かの病室の天井だった。どうやらここはVIPルームのようだ。他に患者はいない。まだ昼間だが、ブラインドが下ろしてあるため薄暗かった。

 ベットの脇に座っていたのは、桜井刑事の相棒の村井さんである。


「気がついた?どこか痛いところはない?」


 そう言われて体を少し動かしてみる。全身が重く痛みも走った。大六に体を貸したとき、筋肉がふるい立つ感覚があった。多分この痛みは、そのしっぺ返しで、重度の疲労が原因だろう。


「俺は大丈夫です。それより若月先輩は?京香さんどうですか?生きてますよね?」


 彼女は少し間をおいて、まじめな顔で言う。


葦原あしはら君、体調が戻ったら、君には事情聴取を受けてもらいます。事件のことを細かく聞かれると思うけど、正直に答えてくださいね。」


「えっ、はい、それはもちろん正直に答えますけど。京香さんは生きてるんですよね。」


「…ごめんね、今は答えられないの。これはとても大きな殺人事件なのよ。既に県警も、相当な人数を動員して、この事件を捜査しているわ。あなたの体調しだいだけど、葦原君の身柄は県警の方に収容されます。葦原君…、君も今は『重要参考人』なのよ。現時点での情報は提供できません。」


「生きてるか死んでるかの確認もダメなんですか?」


「……ごめんね」


「じゃぁ今すぐに取り調べを始めてください。何でも正直に答えますから」


「…大丈夫なの?…ちょっと待ってなさい、今先生に、あなたの様態を確認してもらうから…」


 そう言うと村井刑事はナースコールをした。看護師と見知らぬ男性医師が来て、俺の診察をはじめる。村井さんは、VIPルームの外にいた見張りの警察と話をしだした。そしてスマホを手に、どこかに電話をしている。


 俺は大六を呼んだ。大六なら警察とは関係ない、どうなっているのかは知ってるはずだ。


(大六…、大六いるか)


 しかし返事はない。京香さんの生死だけでも確認したい。いや、新之助や後藤も、取り調べを受けてるだろうか? …情報が何もなかった…。


 何度も何度も大六を呼ぶ。だが、一向に返事が無い。こんなことは初めてだった…。

 結局、その日から数日間、警察に連行され、食事と睡眠以外は事件の経緯を繰り返し追及されることとなった。俺は包み隠さず全てを話した。


 俺の説明は終始、霊的な話しと絡み合う。そういった供述になると取り調べの刑事たちからは失笑、または大笑いをされた。


「そんなこと本気で言ってるのか?薬物中毒者でも、もう少しまともな言い訳するぞ。真面目に答えないと、お前も少年院に行くことになる。お前やあの女にそんな力があるならなあ、今ここでやって見せてくれよ。」


 俺は、眉間みけんしわを寄せ、目の前の男を睨んだ。この尋問じんもんをしている警察官を、本気で殺してやろうかと考える。京香さんのことを‶あの女〟呼ばわりした…。

 悪霊の一体である『腐女子』に心臓を食わせてやれば、この取調室で手を触れずに、誰にも証明されることなく、こいつの命を断つことが出来る。いや、それだけじゃ気が済まない!もう少しもがき苦しむように、自分の言ったことを、後悔させながら殺してやる!


 今の俺になら、京香さんが無意識にやってきたことが、自分の意思で、なんなく出来る気がしていた。俺の心ひとつで、証拠を残さず、人を呪い殺すことが出来るんだ。

 俺の人生なんて、もうどうなっても構わない。そうだ、そうした方が、京香さんの気持ちに近づけるかもしれない…もうそれでいいや…。


 力を使おうと殺気立っていると、俺の肩に‶ポンッ〟と誰かが手を置いた。現実のものではない。だが、その感覚だけははっきりとしている。その手は明らかに俺を制止していた……。


(大六!)


 俺は後ろを振り返る。しかし、その霊体は一瞬にして存在を消す…。俺は……、取り調べをしている警察官たちに答えるのだった…。


「今は……できません…」


 そういうと、刑事たちは〝ふー〟と溜め息をついて、何回もループしている次の質問に移った。


―――


 五日後の昼間、今まで厳しく追及していた取り調べの刑事たちが、急に態度を変えて言う。


「君の容疑は晴れたよ、むずかしい内容もあるが、アリバイや目撃情報が一致している。君が殺人事件に関与したかくたる証拠は無い。今まで辛い思いをさせて、本当に悪かったね…」


 急な態度の変りようだった。この人たちは、わざと俺の感情を逆なでていたのだろうか?


 ‶ガチャッ〟静かにドアの開く音がして、男の人がはいってきた。その人物は、ワイシャツがはだけ、疲れ切った表情に、酷い髭面ひげづらの桜井刑事だった。


 桜井さんも取り調べを受けていたのだろうか?それとも俺を、この取り調べから解放するために、奔走ほんそうしてくれていたのか…。どちらにしろ、身を粉にしてくれていたに違いなかった。


「桜井さん……」


 俺はいろんな感情が交差した。そのまま下を向いて泣いてしまう。


「すまなかったな。よく頑張った。体は大丈夫か?」


「はい…。若月先輩は…、京香さんは生きてますよね?」


「あぁ、生きてるよ。昨日意識が戻ったそうだ。あそこにいたみんなで、彼女の命をつなぎとめたんだ。よかったな」


「……はい……」


 涙があふれ出て…止めようがなかった。

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