会話と霊視⑤ 殺人の夜
「その夜、お父さんは大酒を飲んで、そのまま
「怒りで我を忘れてるわけじゃなかった。私自身が、頭がおかしくて、異常な行動を起こしている可能性も考えた…でもそうは思えなかった……。
「言い争いから何時間か経っていたせいで、考え方も変わってた。最初は私の人生まで、道具のように使おうとしていたことが許せなかったんだけど、人殺しをするんだから、私の人生はもう終わっちゃう…。でもこの父親を生かしておけば、お母さんとおばあちゃんは、もっと不幸になる。この父親を殺すことには十分すぎる意味がある…。最後の最後でも、決心は変わらなかった……。
「おとうさんは、都合よく
「出刃包丁の刃は何の抵抗もなく〝ずぶり〟とお父さんの胸を貫通して、下の
「喧嘩の後、自分のスマホで人間の心臓の位置を確認してたし、推理小説で人を刺すとき、ろっ骨の間に刃物が食い込んで、それ以上奥に刺さらず、反撃をくらうという、変な知識もあったから、全体重を乗せて押し込んだわ。
「お父さんは立ち上がって、胸から一瞬、血しぶきが出た。でも傷口が大きいせいか、吹き出ることも無く、みるみる衣服が血に染まっていった。何が起きているか察しがついた父は、私を
「父が
【こんなことをさせてしまって、すいませんでした。私の始末をしていただき、ありがとうございました】
って、感謝の言葉を言ってほしいくらいだった。
「もう力無く、うつろな父親めがけてもう一撃、とどめを刺したわ………。唯人君には見えてる?……その時の…様子……」
彼はジッと前を見て、少し目を細めている。そしてこちらを向きながら言った。
「はい…京香さんの話を聞きながら一緒に見てますよ……そうするしかないですよね……俺でも同じことやってたと思います。よく15歳まで耐えてましたね。凄いと思います。」
唯人君は、私の目を見て、静かに微笑んだ。
意外な返事だった。てっきり、
「物音に気付いて、お母さんが駆け付けてきたの。『ギャッ』って少し悲鳴を上げたけど、両手を口に押し当てて、声を殺したわ。私が血まみれでお母さんの方を見ると、これ以上ないくらいに目を見開いて、息を荒らくしてた。
「遅れておばあちゃんが来た。おばあちゃんも大きな声は出さなかった。多分、悲鳴と呼吸が、上手く同時にできなかったんだと思う。
「しばらく、父の死体を囲んで、三人とも言葉を出さずに座ってたわ。どうして私がこんなことをしたのかは、二人ともよくわかっているから何も言えないのよね。血の生臭い匂いが立ち込めてた……。よく漫画でさ、剣の達人なんかが、『おぬしの体から血の匂いがする。』とかいって、犯人が分かっちゃうシーンがあるでしょ。こんなに臭うなら私にもそのセリフが言えると思った…。
「そのうち、お母さんがさ、『お父さんをどこかに埋めよう』って言ったの。『ばあちゃん、いいよね、この家と京香を守るためだから』と冷静になって言ってた。おばあちゃんも納得してうんうんって
「私はね、別に警察に連れていかれてもよかったんだ。もともと逃げ切れると思ってやったことじゃなかったし。でも、その時の私は放心状態だった。只々、母の言う通りに、家の隣の畑に、1メートルくらいの深さの穴を、お母さんと一緒に掘って、暗いうちに、父をその穴に埋めたの。
「家の中の血の掃除は、おばあちゃんがしてくれた。さすがに畳についた血液まではどうにもならなかったから、畳をはがして、作業小屋に持って行った。畳がなくなった茶の間には、普段使っていない部屋の畳を持ってきて代用したの。
「朝になって、私は普通に学校に行ったけど、クラスのみんなはいつも通り私に接してきた。血の匂いで、みんなにばれるんじゃないかと思ったけど、香水やデオドラントで何とかごまかせたみたい。
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