若月京香

 私の名前は 若月 京香です。


 私は、もう死ぬつもりでいます。


 私は……祖母を殺しました……。


『勢い余って』とか、『殺すつもりはなかった』とか、殺人事件で捕まった人たちはよく言いますけど、私には、それなりの殺意があったと思います。


 祖母を包丁で刺したとき、おばあちゃんは短い悲鳴と苦悶くもんの表情を浮かべました。

 ですが、絶命する寸前、この残酷な仕打ちをした私を許すかのように、血のついた手で、私のほほを軽くでました。少し微笑んでいたかもしれません。


 私はその場にへたり込み、放心状態になりました。どのくらい時間が経ったでしょう……。夕方のことでしたが、日はすっかり落ちて、血の生臭さが充満する室内には、外の月光つきあかりがほんの少し入り込んでいました。


 ずっとおばあちゃんの亡骸なきがらを眺めていた私は、周りの暗闇から〝ぽつっ、ぽつっ〟と、テレビや動画で見たことのある、光の玉、オーブがき出てくるのを、視界の中にとらえ始めます。

 その数はどんどんと増えていって、真夏の夜、街灯に群がる羽虫みたいに、グルグルと私の周囲を飛びまわりました。私は思いました。


「こんなにいっぱいの人魂ひとだまが出てくるんなら、私はこのまま呪い殺されるのかもしれない。この人達を呼んだのは、おばあちゃんなのかな?」


 と…。なんの抵抗も無く、あるがままを見ていた私でしたが、そのうちに人が話す声が聞こえてきました。

 それはいろんな人の声なんですが、うめき声やさけび声で、会話としては成立しないものがほとんどです。

 少しずつ、人の形も見え始めて、お侍さんや、兵隊さん達の、怖そうな人たちに周りを囲まれた時、一気に恐怖心が出てきました。


『恐い!早く逃げないと!』


 何もかもどうでもよくなっていたはずなのに、私は命がしくなったのです。


 誰かに助けてほしくて…救ってほしくて……、霊感のある唯人ゆいと君に、急いで電話をしました。


 もう深夜でしたが、彼は「これから会いましょう」と言ってくれました。


 私は、家のそこら中にいる幽霊と、視線を合わせないように、急いでシャワーを浴び、返り血を洗い落とします。

 服を着替え、強い香水を付け、唯人君に私が殺人を犯したことをかくす工作をしました。

 そして、ちらちらとずっと見えている幽霊たちを振り切るようにして、待ち合わせ場所のコンビニに向かいます。


 コンビニで彼にあった時、私は意外な提案に驚かされました。私が単に鈍感なだけかもしれませんけど、唯人君の表情からは、いやらしい感情は一切読み取れません。


 こんな夜中に、親のいる男の子の家に忍び込むなんて、見つかったらいったいどうするつもりなんだろう…?彼はそれも覚悟の上だと言いました。私の危機に、唯人君が一生懸命に対応しようとしている姿が、有り難くて、嬉しくて……、人殺しの私なんかのために申し訳ないと思いました。


 抱きかかえられて、彼の部屋に入った私は、胸の鼓動こどうが止まりません。私のこの感情はよこしまなものでしょうか?


 私たちが安全な場所にたどり着き、ほっと緊張が解けたとき、私は、唯人君がいとおしくてたまらなくなりました。それに、私が彼にしてあげられることなんて、こんなことぐらいしかありません。私は唯人君にせまりました。


 男の人が、その欲望にあらがうことが出来ないことを、私はよく知っています。

 彼は私を愛し、私も彼を、そのひと時だけは自分のものにできました。私は葦原唯人あしはらゆいと君が大好きです。

 

 そして、彼は今も、自分の危険もかえりみず、私のそばに来てくれました。もういろんなことが、彼にはわかっているんだと思います。でもまだ…、もう少しだけ時間がありそう……。


 死ぬ前に、唯人君には私のことをわかっていてもらいたい。話が長くなりそうで、申し訳ないとは思いましたが、私の生い立ちから話しをしてみようと思いました。


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