会話

 俺は大きく息を吐いて、先ずは彼女にあやまった。


だまそうとしたのはすいませんでした。でも先輩のことを考えると、警察の力も必要な気がしました…。先輩の家に、家宅捜索が入ったそうです。そこで、おばあさんが亡くなっているのを発見したと言ってましたけど……」


「……」


「先輩…、家に戻らなくてもいいんですか……」


「…家には…もう戻らないよ…。もう戻れない……」


 彼女は遠くを見るように言った。俺は話を切り替える。


「周りにいる幽霊のこと…、見えてますよね?」


 彼女はちらっと俺を見て、また前を向く。


「見えてるよ。葦原あしはら君も見えてるんでしょ。ごめんね、怖い思いさせて。こんなつもりじゃなかったんだけど……この人たちはあたしを守ってくれてるみたい……。でも大丈夫だよ、あたし、葦原君のこと好きだし、傷つけるようなことは絶対させないから」


 この状態で言われても説得力がないと思った。刃先は首元にまで迫っている。

 しかし、そんなこともどうでもいい。


「先輩、話をしましょう。俺、若月先輩と話がしたいんです。今、先輩の身に何が起こってるのか…、どうしてこうなったのか……。俺しか先輩の状況が見えていなかったのに……何の力にもなれなくて……」


「そんなことないよ、いろいろ助けてくれたよ。葦原あしはら君には感謝してる。…うん…、いいよ。お話しよ。…唯人ゆいと君…」


 そう言うと、彼女はほほ笑んだ。下の名前で呼ばれたので少し驚いた。


「ありがとうございます…。ところで先輩、今どこに向かってるんですか?」


「京香でいいよ、そう呼んでほしい…」


 俺は少し戸惑いながら「京香…さん」と言い直す。


「うん、それでいいよ…。どこがいいかな?変なこと言うみたいだけど、唯人君がしたいなら、わたしは〝そういうところ〟でも構わないよ。」


 多分、ラブホテルのことを言ってるんだろうと思った。もちろん、そこで話しを聞くというのも有りだろうけど、状況が状況だし、それが京香さんにとって、今はいいことだとは思えない。

 俺は、俺のことを思ってくれた京香さんに、丁寧に断りを入れ、とにかく邪魔が入らないところがいいと申し出た。「車の中でもいいですよ」と。


 すると、後ろで座っていたお葉花魁ようおいらんが、山の方向を指し示す。同時に⦅山へ向かって……⦆という言葉と、目的地のイメージが伝わってきた。京香さんもそれは理解できたようだった。

 俺たちを乗せた車は、鶴巻市の西にそびえる、標高800メートルほどの槍ヶ峯に向かう。



 車は山道に入った。青々とした木々からは木漏こもれれ日が落ちる。

 平日の日中ということもあり、対向車には数台すれ違ったが、前を行く車も、追いかけてくる車もいない。


 深刻な状況だということは、二人ともわかっていた。だが、俺と京香さんは、このドライブ楽しんだ。いつしか、侍の亡者達も刀をおさめ、段々と姿を消している。


「今日はお天気もいいし、涼しいね」


「そうですね、ニュースでも過ごしやすい日になるって言ってましたよ」


「部活のみんな変わりない?」


「変わりないですよ。京香さんが来ないから、チーム戦が出来なかったんですよ。」


「ごめんね、さぼりぐせがついちゃって…」


「みんな待ってますから、ちゃんと来てください」


「あはは…」


「自分で髪、白くしたんですか?」


「違うよ、美容室でしてもらったの。でも真っ白にならなかったんだよ」


「そうなんですね、最初はびっくりしましたけど、とっても素敵です。生活指導の先生が怒りそうですけどね」


「そうだね、このまま学校に行ったら間違いなく怒られちゃうね」


 ―――。


 普通の高校生がする話をした。楽しかった…。

 現実には、もう若月先輩は学校には戻れないだろう…。今だけは…この時間だけは、そんな事を忘れて彼女と何でもない話がしたい…。


 山の中腹まで来て脇道に入る。この道は、普段あまり車が通らないみたいだ。枝や草なんかが鬱蒼うっそうしげっていた。

「この道で間違いないよね」などと、談笑しながら進み、広い草原のようなところに到着する。

 およう花魁の霊が伝えたイメージとは季節感が違うものの、この場所で間違いなさそうだった。

 入口には『白滝城跡地 自然公園』と書かれた看板がある。草が一面に生え揃っていて、奥には大きめの石碑せきひと小さいほこらがあった。


 俺と京香さんは、行きに買っていた缶コーヒーとお茶を手に車を降りて、あーっと背伸びをする。すると、京香さんがカバンの中から虫よけスプレーを取り出し、俺の体全体に吹き付けてくれた。「制服がスカートの、女子の必需品なんだよ」とのことだった。


 少し公園に入ったところにベンチがあり、そこに俺たちは腰掛ける…。楽しい時間はもう終わりを迎えようとしている…。京香さんは何から話そうか考えているようだ。

 死霊達の姿は見えなかった。一旦姿を消しているようだ。気配は……俺のもともとの霊感ではひろえない。おようさんもいなくなっていた。


「いないですね、見えます?」


「そうだね、いないね、呼べば来てくれると思うけど」


「いや、いいです。せっかく二人になれたし、聞かれてたにしろ、このままで……」


「そうだね……。何から話せばいいかな」


「何でも…京香さんのこと知りたいです」


「そうだね。それじゃぁ……」


 そういうと彼女は、そびえたつ山々を見ながら話し始めた。

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