再会

 学校を後にした。とりあえず駅へと向かう。


 歩きながら、若月先輩にメッセージを送った。


📩今学校を出ました、どこに行けばいいですか?📩


 返信はすぐに来た。


📩鶴巻つるまき駅にいて、迎えに行くから💓 📩


 駅前で若月先輩を待っていると、一台の軽自動車が俺の前に停車する。助手席の窓ガラスが降り、白い髪の女性が、こちらに手を振った。


葦原あしはらく~ん、乗って乗って」


 運転していたのは若月先輩だった。身を乗り出して、助手席の窓から笑顔をのぞかしている。


 俺は一瞬、驚きで固まり、すぐに反応が出来なかった。

 3日前まで、長くつややかな黒髪が美しかった彼女が、今は少し黄色味がかったシルバーになっている。

 それに車を運転して来るとは思わなかった。言動も…何というか…、いつものさわやかな明るさとは違い、パリピのような軽さを感じる。


「…若月先輩?…」


 車に近づき、彼女であるかどうかを確認する。


「びっくりした?ちょっとイメチェンしたんだぁ。どうぞぉ、車に乗って」


「………」


 俺は言われるがまま、助手席のドアを開け、軽自動車に乗り込んだ。


「シートベルトしてね」


 と言われ、シートベルトを着け、彼女を横目で見る。髪の毛以外はいつもと変わらない。服装も、ちょっと大人っぽい、清楚でシンプルなスカート姿だった。


「じゃあ、出発するね」と先輩がいい、車は動き出した。


「先輩、車…運転できたんですね。」と質問すると、


仮免かりめんまでは取ってあるんだけど、まだ自動車学校終わってないんだ。だから無免許なの、悪い子でしょ。」


 とおどけてみせた。

 彼女は無免許運転を、笑いながら言うような人ではない。それに、テンションが高いのも違和感だらけだ。


(既に、お葉花魁ようおいらんたちにあやつられているのか?…)


 俺は憑依ひょうい現象なのかを見極めようとする。


「先輩、その髪…」


 彼女の白い髪は実体だ。霊的にそう見えてるわけじゃない。学校もあるのに…どうして……。


「うん、前から興味あったの。どうせなら思い切ろうと思って…、似合にあわないかな?」


「いえ、似合ってますよ。黒髪もきれいでしたけど、その…白も……素敵です」


 まじまじ見ると、白髪も美しかった。だが、見とれている場合じゃない。


「先輩…『どうせなら』って……どういう…こと…ですか?」


「………」


 彼女は押し黙った。



 その時、俺のスマホの着信音が鳴る。電話着信の音色だった。表示は『桜井刑事』と出ている。


「出ても?」と俺が聞くと、若月先輩は表情を変えず、車の前を見ながら「どうぞ」と返した。俺は電話に出る。


葦原あしはら君か?君の友達から連絡を受けて、電話をしている。今、若月京香と一緒にいるか?」


「…はい」


「君は今、話ができる状態か?そうなら、音声を彼女に聞かれないようにするんだ」


 若月先輩を少し見る。彼女はさっきと変わらず、前を見て運転をしている。俺は電話を受けている状態のまま、ボリュームのマイナスボタンを2回ほど押した。


「はい、大丈夫ですよ」


 桜井さんに、準備ができたことを、それとなく伝える。


「よし、いいか……。細かい話は抜きにする。我々警察は、本日、若月京香を重要参考人じゅうようさんこうにんとして連行しようとしていた。しかし、張り込みをしていたはずが、家に彼女の姿はなかった。そのまま家宅捜査かたくそうさくをしたところ、家の中から若月京香の祖母の遺体が発見された」


「!」


「何でもいい、相槌を打て」


「…あ、はい、そうです」


「よし、いいぞ…。遺体は胸を刃物で一突きにされた刺殺体しさつだ。死後2日ほど経っている」


「……」


「彼女がった可能性が高い。若月京香は何をするかわからない。警察に任せろ。すきがあれば彼女から離れるんだぞ、いいな。このまま電話を切ったふりをして、電話越しにどこにいるのか、それとなく教えてくれ。」


「はい、すいませんでした。体調が悪くて……、はい、明日は学校に行きますので。すいません……」


 俺は電話を切るふりをする。


「担任の先生でした。急に早退したんで、心配して電話くれたみたいです。……どこに行くんですか?」


 若月先輩は前を見ながら、クスクスっと笑い、


「言わないよ、だってそれ警察の人からの電話でしょ」と答えた。


 次の瞬間、俺のスマホの画面が〝バキッ〟という音と共にひび割れ、電源が落ちる。


「あっ、ごめんね。もしかしたらスマホこわれちゃった?」


「……壊れたみたいですけど……。先輩がやったんですか?」


「私が壊したんじゃないんだけど、私の周りの人たちが勝手にそうしちゃうみたい。あたし、やっとわかったんだ。どうしてあたしと関わり合いになった人達が、怪我けがしたり、おかしくなったり、死んじゃったりするのか。」


 そう言うと、彼女の身体から、無数の青白い発光体が、墨汁ぼくじゅうが水に落ちた時のように〝ぶわっ〟と広がり周囲をかこんだ。

 そして走行中の車内外で、侍の亡者へと変貌へんぼうする。


 彼らは、車と一緒に並走へいそうして浮遊し、車体のボディなど無いかのように霊体からだをすり抜けさせて、それぞれが俺にやいばを向けてきた。

 逆ハリセンボンのような状況になり、身動き一つ出来ない。


 しかし、俺はその光景にあまり驚かない、こんなことになるのは想像がついていたからだ。


 気づくと後部座席には、お葉花魁ようおいらんが無表情のまま、前を見て座っている。

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