決戦の朝

 学校に行く電車の中で、若月先輩にメッセージを送った。


「今日の放課後、お話ししたいことがあるんですが、部活の前に会えないでしょうか?」


 既読きどくは直ぐについたが、返信が無いまま、教室に着いた。


 クラスメイトに「おはよう」と挨拶をする。いつもと同じ平穏へいおんな時間。もしかしたら、これが最後になるかも…。そう思うと、この教室の情景じょうけいいとおしくなる。


 今日こそ、あの亡霊の軍勢と決着をつける。怒りと不安、恐怖と…、あとなんだろう?いろんな感情がゴチャゴチャになって、体は興奮しているし、目頭めがしらも熱い。


 授業が始まってからも、俺は小まめに返信メッセージをチェックした。だが、先輩からの返事は無い。

 そのまま、昼休みになり、いつものように新之介と教室で机を合わせ、弁当を食べ始めた。会話は自然と若月先輩のことになった。


「なあ唯人…、お前の話しを聞いてから、いろいろ考えてたんだけどさ…、唯人はもう若月先輩には近づかない方がいいんじゃないか?」


「……」


 俺はムッとした。桜井刑事も、大六も、新之介も、みんな同じことを言う。彼女がどうなろうと、このまま放っておけってことか?俺にはそんなこと、絶対に出来ない。


「どうしてだよ。このままじゃ、若月先輩は…」俺は小声になる。「先輩は状況証拠だけで、警察に捕まっちゃうかもしれないだろ?」


「……」


 新之介は無言のまま眉間みけんしわを寄せ、真剣な面持おももちでこちらを見ている。俺は小声のままで語気ごきは強くなる。


「今でも先輩は、警察に容疑者扱いされてる。この先、あの取り憑いてる亡者が、また人を殺したら……」


 と言い放ったところで、俺はハッとした。


「俺の話し…信じてくれてないのか?幽霊とか、悪霊とか、このあいだ話したこととか……」


 急に新之介への不信感が高まった。新之介は厳しい顔を崩さないまま答える。


「それは信じてる。そんなことあり得るのかって気持ちもあったけど…。でも唯人の話は辻褄つじつまが合ってる。それに、お前はそんなうそつかないだろ? その上で、どうすればいいか考えたんだ。若月先輩の〝うわさ〟お前も知らないはずない。唯人の話しが本当なら、あの噂だって本当だって事になる」


「……」


「相手の幽霊は何百といるんだろ、しかも人を殺せるくらい強い。警察やその手の専門家に任せた方がいいんじゃないか?」


「…いや…、もう時間がないんだ…。昨日、刑事さんから聞いた。若月先輩と関係のある人が、他に3人死んでるって…。もう止めないと、先輩の人生がおかしくなる」


「3人……、唯人、お前まさか戦う気か?」


「……」


「駄目だ、絶対にやめておけ。もう、俺たちの手出しするような話しじゃない」 


「…ありがとう…、新之介の言うとおりだと思う…。俺も怖いよ…、何でこんなことになったんだろう……」


 目から涙が一筋こぼれた。


「唯人……」


「でも、やっぱり……ここは引き下がれない!」


 俺は新之介にきっぱりと答える。


 小声で話してるつもりだったが、やはり荒々しいやり取りをしているのが、クラスにいる連中には聞こえていたらしい。後藤が寄ってきて


「どうしたのよ、喧嘩けんかでもしてるの?」


 と声を掛けてきた。俺たちはクラスを一回り見て、少し冷静さを取り戻す。


 そういえば後藤は、バスケ部の中でも若月先輩とよく話していた。一緒に買い物に行ったこともある。俺は後藤に、最近の彼女の様子を聞いてみた。


「え、何よいきなり……、京香先輩はいい人だよ。綺麗だし、優しいし、あたしもあんな人になれたらいいなぁと思うけど、京香先輩の話をしてたの?」


「うん、まぁね」と俺は答える。


 後藤が急にかがんで、机の上に両腕を組み、その上に自分の顔を載せ、小声で話し出す。


「あのさ、昨日、下校途中に、警察の人に、京香先輩のことを聞かれたんだけど……お父さんの話しを聞こうとしたとき、葦原あしはら君が警察に連れていかれたのも京香先輩のことなの?」


「…なに聞かれたの?」


「京香先輩の性格とか、おかしな言動や趣味はないかとか、彼氏の話を聞いたことは無いかとか?かな。『特に変に思ったことも、彼氏の話を聞いたこともないです』って答えたけど…」


 後藤は、余計なことを言わないようにしてくれたようだ。間を置かずに新之介も話し出す。


「実は俺も、一昨日おととい、家のそばで、警察に同じようなこと聞かれたよ。」


「そうなのか?」


 すでに、聞き込み調査を、生徒にまでしている。彼女が本格的に事情聴取を…いや逮捕なのか?…される日が近いと思った。


 そのとき、スマホの着信音が鳴る。画面を見ると若月京香とでている。先輩からのメッセージだ。俺は新之介と後藤に「いいか?」と断って、本文を開く。


 📩こんにちは、あたしも葦原君と話がしたいと思ってたんだ。実はあたし、今日、学校をずる休みしてます。だから会うのは放課後じゃなくてもいいんだけど…。出来れば今すぐ会いたいな。 📩


 このメッセージは…、つまり、学校を早退して、会いに来てほしいということだろうか。

 若月先輩は、そんな無理を言うような人ではないと思う。このメッセージは、彼女の精神状態が、かなり悪いことを俺に感じさせた。それとも奴らにあやつられているのか。何と無く、一刻の猶予ゆうよもない気がしてきた。


 俺はスマホの画面を新之介と後藤に向ける。後藤が言う。


「京香先輩からなの?今すぐ会いたいって…授業は、えっ、今、京香先輩どうなっちゃってるの?」


 新之介が語気を強めて言う。


「唯人、行くな!警察に任せろ、殺人事件なんだぞ。お前はこれ以上、関わり合いにならない方がいい。行ったって何も出来ない、死ぬかもしれないんだぞ!」


 教室に残ってる数人のクラスメイトが一斉にこちらを見た。俺はゆっくりとその場に立ち、新之助と後藤に言う。


「俺は若月先輩に会いに行く。何も出来ないかもしれないし、もうここに戻ってこれないかもしれない…。でも、警察よりは、先輩にとって、ちゃんとした対処が出来ると思う。……俺はあの人を、放ってはおけない」


 机の横にあるリュックを取って下校の身支度みじたくをする。


「待てって唯人、学校どうすんだよ」新之介が言う。


「ごめん、先生には……何とか上手く言っといて」


「ねぇ、葦原君、どうしたの?」


 後藤は状況が飲み込めないで困惑している。俺は一瞬、新之介と後藤を見て言う。


「…行ってくる…」

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