決意

「俺は……若月先輩を助けたい。先輩には、悪霊にりつかれてしまう、心のすきがあるのかもしれない…。だけど、それは悪いことじゃない。誰だってそんなこと、一度や二度はあるだろう?」


「……その通りだな」


「このままじゃ、先輩は、まともな人生を送っていけない。俺はもう、あいつらを許せない。あいつらを退治したい。なんかいい方法はないの?」


「…そうだなぁ…。唯人はもともと、悪霊をはらう力を持っている…。覚えてるか?あの子の家で、さむらいに囲まれたとき、逃げ出そうとして、亡者を一匹消しただろ。まぁ、それでも逃げ切れなくて、めった刺しにされたけどな」


「あー、確かにあのとき、夢中で払いのけてたら、侍亡者が一体、散り散りになったけど…、浄化じょうか出来たってこと?」


「浄化じゃないな、強制的にあの世に送ったんだ。あれがお前の純粋な力なんだぞ」


 俺は身を乗り出し、大六に聞く。


「じゃあ、あの時のように、幽霊を殴ればいいの?」


「話はそんな簡単じゃない。あんな力任ちからまかせのやり方じゃあ、すぐに霊力がきちまうよ。なんせ数が多いからな、今はまだ何もかもが足りない。返り討ちにあうだけだ」


「……」


「刑事も言ってただろ、『皮膚ひふが切れて出血してた』って。さすがに目の付け所がいい。実態のない霊体が、肉体に直接傷をつけるなんてことは、あってはならない現象なんだ。最初の犠牲者だった、あの若い男のように、憑依されて〝自分で自分の首を絞める〟というのとは、レベルが違う」


 警察で見せられた死体の写真。あの人は、そういう殺され方をしたんだ…と思う。


「この世のことわりを大きく超えだした。彼女の周りの死霊達は力を増している。もう俺達にはどうすることも出来ない…」


「でもさ…どうにか…なんないの…」


「…唯人…死ぬだけならまだいいが、あいつらに取り込まれたら、お前も亡者の仲間入りなんだぞ。」


 られたら、ずっと解放されないということか。病院でとらわれていた、あの血みどろになった魂たちの様に…。


「どうしたら…力が手に入るんだ?」


「まぁ、方法はいろいろなんだよ。肉体的な修行をして霊力を高められる人間もいれば、普段の生活の〝気づき〟の中から悟りが開かれるやつもいる。他にも、仏門に入って、いわゆる神仏とつながりを持って、そこから力を借りるって方法もある…。何にしても、すぐというわけにはいかないな」


「………」


 少し考えたが、俺の答えは出ていた。


「それでも俺、先輩を助けたい、今すぐに。警察の捜査で、若月先輩が連れていかれるのはいつだ?今度彼女に会えるのはいつになる?その間にまた先輩の知らないところで、人が呪い殺されるかもしれない。その人は先輩にとって、俺なんかと違って本当に大切な人かもしれないだろ?これ以上先輩の、人生の邪魔はさせない。もう、放って置けないんだ」


 俺は、自分が死んでも構わない覚悟をした。若月先輩さえ助けられれば…。


「大六、先輩を助ける方法を教えてくれ。俺はあいつらに取り込まれてもいいんだ。大六なら知ってるんじゃないの?」


「………」彼は黙ってこちらを見ている。


「馬鹿なのはわかってるよ。でも、もうじっとしてなんかいられない……」


 すると、大六は目線をそらし、窓の方を向いて答えた。


「……好きにすればいい。お前が状況を分かった上で出した決断に、俺は守護者として手助けをするだけだ。お前の人生だからな、もともと止めようもないんだよ。」


 大六のスタイルは常に変わらない、大事な選択の時は、俺の気持ちを優先してくれる。

 本当は見ていて歯がゆい思いをしてるのだと思う。


「ありがとう、大六にはいつも感謝してる」


「ああ、お前は逸材いつざいだったよ。なかなかいないんだぜ、悪霊をしばれるやつは」


「ハハ、そうなんだね……。ごめん…」


 俺は急に恐ろしく、そして悲しい気持ちになった。本当に死ぬことになるのかもしれない…。そう思うと心がれる。


「……。方法は教える、のぞうすだがな。その後で、最終的な決断をしろ。怖いという感情は当然だ。自分とよく相談しな」


 そう言うと大六は、何故、あれだけ大量の死霊が、若月先輩を取り囲んでいるのかを教えてくれた。そして、そいつらと戦う方法も………。



 ――――


「わかったか、唯人。彼女の協力無しじゃあ、この方法は上手くいかない。まずはあの子の話しをちゃんと聞いてやれ」


「わかった。明日、若月先輩に連絡とってみるよ。先輩と協力して、一緒に彼奴等あいつらを追い払う!」


「……唯人、俺の言ってるのは、そういうことじゃない。あの子は今、かなり追い詰められている。このままだと協力は得られない……」


「?…どういうこと?」


「俺からは話せない、それは彼女自身の問題であって、この世のものだからだ。…だからお前の〝心の目〟で彼女のことを見聞きしろ。それは俺の〝この眼〟とも違う、もっと大きな〝心理の眼〟だ。人ならだれでも持っているが、それを使ってるやつはなかなかいないんだぜ。」


「?心理の眼?」


「そう、人が本来、誰でも持っている優しい眼さ」


「…わかった…、先輩のこと、もっとよく見てみるよ」


「それでいい…。いいか、死なないようにしろよ、まったく…」


「うん…、やってみる。……ところでさ、俺が死んだら大六はどうなるんだ?俺と一緒にあいつらに取り込まれちゃうの?」


「取り込まれる前に、お前から離れるさ。逃げるくらいの力はあるんだぞ、俺にだって。せっかく守護する人間が見つかったのに、死なれるとがっかりする。かさねていうぞ『死なないようにしろ!』」


 大六が逃げられることを聞いて安心した。こちらの身勝手で、道ずれをさせてしまっては申し訳がない。そして俺も死にに行くわけじゃない。


「もちろんだよ、俺も死にたくなんてない」


 この夜、俺は大六と、若月先輩を取り巻く死霊達との戦いのために、必要な真言しんごんやら、タイミングやらの細かな計画を立てた。

 そして、今の俺の能力で、他に何ができるのかも、多少のレクチャーを受ける。


 覚えることが結構あって、大六の話を聞いているうちに、いつしか寝落ちしてしまった。ここ連日の目まぐるしい状況の変化で、精神力の限界だったのだ。


 翌朝、母親が、階段の下から呼ぶ声で目が覚める。起きがけに大六が現れて


「ゲームじゃねーんだから寝落ちすんなよな」


 と小言をもらった。

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