増悪


 そういえば、今朝のニュースでも、電車に飛び込んだ男がいたそうだ。どちらも県内で起こった事故である。

『死にたいなら自分一人でひっそりと死ねばいいのに』と思わずにはいられない。



 翌日は水曜日だ。いつもどおり学校に行く。


 新之介の様子は変わらない。昨日あれだけ、現実離れした話をしたのだから、もしかしたら、距離を置かれるかと思っていた。

 後藤も顔を合わすなり声をかけてくる。父親を亡くす以前の、明るい彼女が戻っていた。


 若月先輩は……、今日も学校を休んだらしい。そして、翌日のバスケ部にも、彼女

の姿はなかった。風邪が長引いてるという話だが……。


 その夜、自分の部屋に入ってから、やはり連絡してみようとスマホを手に取る。


 📩こんばんは、今大丈夫ですか?風邪が長引いてると聞きましたが、体調どうですか?📩


 すると、すぐに返事が来る。


 📩こんばんは、大丈夫だよ、明日は本当に学校いけるから、心配しないで📩


 よかった。やっぱり風邪をこじらせただけのようだ。もう少し会話をしてみようと、文章を打っていると、途中で電話がかかってきた。液晶には見覚えのない電話番号が表示されている。


「…もしもし…」


 様子をうかがうように電話に出た。


「鶴巻署の桜井ですが、今、電話いいかい?」


 桜井刑事からだ。知ってる人間だとわかり、ほっとする。


「大丈夫です。どうかしましたか?」


「葦原君、ニュースは見てるか?」


 唐突とうとつだった。


「ニュースですか?たまに見てますけど…」


「おととい、小学生の列に、車が突っ込んだのは知ってるか?」


「はい、運転手と小学生の女の子二人が、病院に運ばれて、結局、三人共亡くなった事故ですよね」


「おお、そうだ。それと、電車に飛び込んだ人身事故もわかるか?」


「はい、たまたまテレビで見ましたけど……」


「葦原君、この間、捜査に協力してもらった時、何枚か男性の写真を見てもらっただろ、そのとき、名前も言ったはずだが…」


「はい…えっ?もしかして、死んだのは、あの中の人達なんですか?」


「そうだ…、若月京香の客たちだ」


(『客』ってそんな言い方ないだろう)


 桜井刑事を悪く思った。


「まだニュースには出てないが、あと1人、体全体を切り刻まれた、男の変死体が見つかっている。死因は多分、出血死だろう」


〝!〟彼女の取巻きがやったに違いない。そんな偶然があるわけない。


「その死体を見ていて思ったよ。『君と同じような傷だな』って…。一つ違っているのは『長細いあざ』ではなく、実際に皮膚が切れ、血が流れていたということだ。」


「……」


「もし、葦原君の言ってることが本当なら…その、なんというか…、力が増しているんじゃないか?どう思う、葦原君?」


「……。若月先輩の…アリバイは、あるんですよね」


「……。最後の変死事件はまだだが、一昨日の2件の事故についてはアリバイがある。それは、君が一番よくわかってるんじゃないか?」


(やっぱり、警察はあの夜のことも監視していたんだ)


 俺は声を張って、桜井刑事に言った。


「その通りです。事情聴取を受けた、月曜日の22時頃、若月先輩から電話があって、それからコンビニで会いました。俺が、俺の家に連れ込んで、そのまま朝5時半にコンビニで別れるまで、一緒に居ました…。これで若月先輩の容疑は晴れますか?」


 桜井刑事は、電話の向こう側で、少し驚いているようだった。そして落ち着いた口調で話す。


葦原あしはら君、この事件は明日、報道発表することになった。今はまだ捜査本部が立ち上がっていないが、いずれ、君たちにも容疑がかかる。警察の捜査が、これから若月京香を中心に進められるだろう。それは、この間のような、任意の事情聴取じゃない。『取調べ』という形になり、聞かれる内容も更に細かく、長期になる。君も関係者扱いされるぞ。覚悟はしておけ。…だが、私の見解では、証拠不十分で、君たちは起訴されないだろう。

「しかしだ、俺が心配しているのは、〝実害〟の方だ。法律では証明できないことが、今君たちの周りで起きているんだろ? 県警の草野刑事が作ったシナリオのように、それで事件が全て片付くならよかった。だが、このまま放っておけば、今度は君が被害者になる可能性が高い…。いいか、命の心配をしろ。やり方は分からんが、身を守れよ!」


 桜井さんの真っすぐな正義感を感じる。いずれ取調べをする容疑者に、こうして電話をし、情報をリークしてるのだ。桜井刑事も、ただでは済まないんじゃないだろうか。


「ありがとうございます。…桜井さんも俺や先輩のことで、あんまり無理しないでください」


「ああ、じゃ、これで電話を切るが、何かあったら、いつでも電話、かけてこいよ。いいね!」


「はい、わかりました。ありがとうございます。」


 電話を切ったあと、俺は、体育座りをしていた両ひざの間に、ゆっくりと顔をうずめる。そして、そのまま彼を呼び出した。


「大六……いいか?」


「あぁ、なんだ…」


 うずめた顔を上げて右横に現れた大六に話しかける。

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