現状の把握 ー第3章 現世のこと 完ー

 大六に帰るように促され、自転車をこいで自分の家に向かう。


 彼は後輪の車軸を止めている金具に、器用に足を乗せ、両手は俺の肩を掴み、立ち乗りの姿勢で荷台にいた。


 大名行列の最後尾を超えて、もう周りに死霊はいない。

 大六はゆっくりと話し始めた。


「すまない。俺は嘘をついた…」


「…嘘って…?」


「お前の先輩は今、とても不安定な状態だ。彼女の行動次第で、この先どう転ぶのか、正直、俺でもわからない。」


「……、先輩が取り殺されるかもしれないってこと?」


「取り殺される……ことは無いだろう。あの亡者達は彼女を守っている。ただ……」


「…ただ?」


「…あいつらは危険だ。何を仕出かすかわからん」


「言ってることがよくわかんないよ。…先輩は?…若月先輩は大丈夫なんだよね」


 大六はしばらく考えて、重そうに口を開いた。


「……信条聡しんじょうさとしだったか?昨日警察で、彼女と関係のある人間が死んだのを、あの桜井って刑事から知らされただろ」


「……」


「あの取り巻きの死霊達は『あの子に危害がおよんだ』と認識すれば、彼女の意思とは無関係に人を襲っていく。目には見えない殺し屋みたいなもんだ。誰にも止められない。そうなればどうなる?彼女が真っ先に疑われるだろ。この現世うつしよじゃあ十分じゅうぶん生きにくくなる。」


 その通りだ。昨日、警察署の取り調べで、そのことを実感したばかりだった。

 今の段階でも、若月先輩は俺以上の事情聴取を受けるだろう。

 今後、アリバイが立証できない人死にとじにが出れば、冤罪えんざいで逮捕されてしまうことだってある。


「彼女がお前に、助けを求めてきたなら仕方ない。あちらからの申し出なんだ。取り巻きもそうそうこちらを敵とはみなさない。だがな、あいつらのことを詮索せんさくして刺激するのはやめろ。相談に乗るだけで十分だ。それだけでも彼女の気持ちは救われる」


「……」


 俺は、初めて若月先輩の家にいったときの事を思い出す。

 最初、死霊達は、丁寧に頭を下げてきていたのだ。お葉花魁ようおいらんとも普通に会話が出来ていた。


 攻撃的になってきたのは、先輩の自殺したお母さんのことをたずねてからだ。俺はあの時、刀でめった刺しにされ、最後に頭を割られた。


 俺は既に死んでいたのかもしれない。

 意識を失った後、暗闇から話しかけてきたのは、大六だったのだろうか?だとすると、彼は命の恩人…。


 大六はやさしい口調で、さとすように続けた。


「いいか、これは彼女自身の人生だ。助けてやるのはい。だが、彼女が必要としたときに手を貸してやれ。あの子の現状を、総合的に考えれば、今はそれがベストだと思うぜ……」


「……、わかったよ、大六のいう通りにする……」


「……」


「ああ、でもさ、〝紙守り〟はいいの?死霊達を刺激したりしない?」


「あー、あれは…。すまないな、あれは、なんの力もないものなんだ。唯人があの状況で、彼女を結界の外に出すはずないからな。嘘をついた。すまないな」


「…そう…なんだ。……そうだね……。大六ありがとう。俺のこと守ってくれて」


「いや、お前の意思に反した。俺のわがままだよ。申し訳ない」


「そんなことないよ、本当にありがとう」


 二人乗りの自転車が勢いよく走り、俺の家路を急いでいる。会話が少し途切れたが、大六が再び話し始めた。


「…あの時…、お前の部屋で、細かく説明をすることができなかった…。唯人も見ただろ…、彼女の中には、かなり強い遊女の死霊が、十体ほどひそんでいたんだ。」


「え?あの花魁の人たち、結界の中に入ってたの?」


「そうだ…、隠れてたのさ、簡単に言うと、憑依ひょういして彼女の中で息をひそめてた…。結界の外にいた、あの何百といた侍の軍勢は、その遊女たちに従ってるだけだ」


「元凶は、お葉花魁ようおいらんとその仲間ってこと?」


「そうそう単純じゃないけどな、間違いじゃない。ちなみに、侍の軍勢を指揮してるのは、お前がっかかっていこうとした若い殿様だ。その殿様も、力関係だと、遊女の方が頭一つ上だな」


「そんなに強いの?あの花魁おいらんたち」


「ああ、だが、強いから結界を通れたわけじゃないぞ。俺たちが作ったのは、そんなにやわなものじゃない。あくまで、彼女の中に入っていたから通れたんだ。あのまもりはそういう仕様だ」


「…俺…、若月先輩と…その…、したじゃないか。ドサクサに紛れてさ…。それは大丈夫だったの?」


「大丈夫だったな。むしろ、遊女達には好印象だったみたいだ。彼女の精神に、遊女たちの影響が全くなかったとは言わないが…、あれは、あの子の正直な気持ちだろうよ。」


「…そうなら…、うれしいけど…」


「お前が彼女を傷つける存在じゃなかったから、遊女達はわざわざ表には出てこないのさ。もし俺が、あの時、花魁のことを唯人ゆいとに教えていれば、お前は必ず身構みがまえたはずだ。そしたら遊女も表に出てきて、外にいた何百という軍勢で結界を破り、お前の部屋で妖怪大戦争になっていたかもな……。俺たち〝この世のモノじゃない側〟は、双方そうほうがあの場を見送ったんだよ…」


「……」


 見えない次元で、そんな賭け引きがあったなんて、全くわからなかった。やはり大六がいいように取り計らってくれていたのだ。改めて彼に感謝する。


 若月先輩の状況が、何一つ好転していないことだけは、はっきりした。しかし、こちらから下手へたに手を出して、亡者達を刺激するのは避けなければならない。

 このままそっとしておくことが一番いいのだろうか?

 答えの出ないまま家につく。



 自転車を小屋に静かにしまい、そっと玄関を開けた。

 まだ両親は起きていないようだ。そのまま、風呂場に行ってシャワーを浴びる。

 浴室から出ると、母ちゃんが、


「おはよう、朝シャワー浴びたの?」


 と聞いてきた。俺は冷静を装い


「うん、昨日疲れて入らなかったから」


 と返す。母の声の調子から、とりあえず、夜のことは気づかれていなようだ。

 安心したら、強烈に眠気が襲ってきた。部屋に入って寝てしまわないようにテレビをつける。そして、そのまま学校に行く準備を始めた。


第3章 〜現世うつしよのこと〜 完

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