助けを求める声 完 ー別れー

 彼女を自転車の後部に乗せ、ペダルをこぎ始めた。


 その途中で、大六にさっきのことを謝った。


(ごめんな、相談もなしで結界の外に出ちゃってさ。やっぱりまずかったかな?)


〈いや、そんなことないさ……〉


 声しか聞こえないが、どことなく、彼の様子が変だった。

 プライドを傷つけてしまっただろうか?もしかしたら怒っているのかもしれない。後でちゃんと誤っておこう。


 若月先輩を家に送り届けるつもりだったが、先輩から『来たときのコンビニで降ろしてほしい』と言われ、そのとおりにした。


 本当は、〝紙守かみまもり〟でどこまで対処出来るのか、家まで送っていって確認したかった。ダメだった場合、連れ帰ることも考えていたからだ。


 コンビニに着き、若月先輩は


「ちょっと待ってて」


 と言い、店内に入っていった。出てくると、買い物袋を2つ手に持っている。そして、片方の、サンドイッチと飲み物が入った袋を手渡される。


「ありがとう、これお礼。昨日は…、もう今日だね、助けてくれてありがとう」


 と彼女は笑顔で言う。


「俺の方こそ…何というか、すいません…ありがとうございました。大丈夫ですか?家に戻れますか?」


「うん、大丈夫だよ」


「先輩、まだ幽霊は完全にはらえてません。何かあればいつでも連絡してください、すぐにけつけますから…」


「うん、ありがとう」


 そう言うと、彼女は歩き出しながらこちらを振り向いて、手を振りながら家路へと向かっていった。

 俺はそれを見送っている。


 不意に、今まで、声だけでアドバイスをしていた大六が、急に横に現れた。


「唯人、彼女をよく見てみな」


 彼は俺の目に、自分の眼を重ねてきた。視野が拡張されたような、どこまでも見通せるような、独特の感覚が少しなつかしい。


 コンビニの駐車場を出て、50メートルくらい先に、若月先輩の姿がある。

 大六の眼をとおして見えたものは、ここにくる途中、消えたように思えた、あのちた侍の軍勢だった。若月先輩の後ろに、大名行列の様に長くつらなっている。

 行列の最後尾は、コンビニの、さらに後方だ。まばらに集まって俺の横をすり抜け、列に加わっていた。

 圧倒的な数と、その異様な光景に、背筋が凍る。


「わかっただろ……、あいつらは消えたわけじゃない。唯人に見えないくらい、魂を小さく畳んで、彼女の周りに潜んでいただけだ。」


 俺の顔はけわしくなる。根本的な問題は何も解決されていなかった。それに昼夜ちゅうや関係なく、あいつらは先輩の周りにいる……。大六は話しを続けた。


「だが、あの取巻きはどうでもいい。唯人、もっとよく彼女自身を見るんだ」


 俺は軍勢の中に隠れている若月先輩を見つけ出し、意識を集中する。大六の眼は、造作ぞうさもなく、見ようと思うものを見せてくれた。


 若月先輩の後ろ姿が、二重にも三重にも見えてくる。着物姿の女性……、あの時の、おようと名乗った花魁おいらんの幽霊だ。いや、もっともっと多い。彼女の中には、遊女の魂が幾重いくえにも重なっていた。


 大六が俺から離れる。


 今まで見えていた感覚が体に残っているせいで、彼の眼を通さなくても、侍の大名行列の様子は見えていた。先輩は角を曲がり、物質的な建物の陰になって、姿が見えなくなった。


「大六…、これ…どういうこと…?」


 彼は真剣な表情で、前を向いたまま口を開いた。


「まずは作戦会議だ、彼女を助けるにしても、戦況の把握が重要だ」

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