警察車両の中で

葦原あしはら君、忙しいところ悪いね。」


 後藤と新之介と俺の三人で、公園に行く途中、桜井刑事に呼び止められた。

 俺に聞きたい事があるとすれば、それは若月先輩のことだろう。彼女の身の潔白を証言するためなら、いくらでも質問に答える。


 さいわい桜井さんには、あのとき見た花魁おいらんや、侍の幽霊のことも、洗いざらい話している。心霊的なことをかくさず言えるのは気が楽だ。

 信じてもらえるかどうかは別の話だが……。


 警察車両に乗って、どこかに運ばれている途中、外の景色をなんとなくながめ、おぼろげながら思った。

 俺には、後藤のお父さんが亡くなるのがわかっていたんだ。


 検査入院が終わり、久しぶりに彼女に会ったとき、後藤のお父さんらしき人のイメージが頭の中に流れ込んできた。胸の部分に、ドス黒いもやがかかっている。

 それは病院で行き交う人たちにも、しばしば現れていた現象だった。


 VIPルームの悪霊を封印した後だったから、俺は自分の能力の疑問点については、いろいろと大六に質問していた。


「体に灰色のもやがかかっている人をよく見かけるんだけど、あれって体の悪いところを現してるの?」


 大六が答える。


「そうだな、色によってもいろいろ意味があるんだが、濃くなっていくほど深刻だってことだ。真っ黒くなっていれば、十中八九じゅっちゅうはっく死ぬだろう」


「ふーん、ここ病院だしね、よく見かけるわけだ。」


 その時は、なんとなくこんな会話をしていた。


 後藤のお父さんにかかるもやは、胸から背中にかけて真っ黒だった。どうしようかと迷ったが〝もしかしたら助かるかもしれない〟と思い、彼女に声をかけた。

 しかし、結果は…ただ彼女を困惑させただけのようだ…。いや、むしろ、余計に悲しませたのかもしれない。


 後藤のお父さんが亡くなったことを知った夜、大六に訪ねた。


「俺…、余計なことをしたのかなぁ」


 大六は真顔で冷静に答えた。


「どのみち死んでいたんだよ。人には寿命がある。寿命が尽きる人間の延命えんめいなんて、だれにも出来ないさ。お前は、あの子のこと考えて、教えてやったんだろ…」


「そのつもりだったんだけど……」


「〝見える〟というのはお前の能力だ。生まれつき、絶対音感ぜったいおんかんがあるとか、足が早いとか……。まあ、俺と話が出来るくらい目覚めちまったから、常軌じょうきいっしているところはあるけどな……。今回のお前の忠告…正しかったのかどうか……、それはやってみなきゃわからないことだっただろ?なら、それでいい。結果はいろいろだ。そこからお前が学べばいい」


 常軌を逸している力がある。確かにその実感はあった。良かれと思って後藤には声をかけたつもりだ。しかし、それは、この力を見せびらかしたかっただけなのかもしれない。事実、彼女をあんなに混乱させてしまった。

 後藤の思いつめたような必死な顔が、チラついて離れなかった。

 

「あの二人は葦原あしはら君の友達?」と桜井刑事が聞いてきた。


「あ、はい。そうです」


「なんだか楽しそうな感じではなかったけど。何かあったの?」


「いえ、そういうわけじゃないんですけど……女の子の方に失礼なこと言っちゃって、説明…いや謝罪でしょうか…、しなくちゃいけないところだったんです」


 俺は〝だから手短に済ませてください〟という意味を込めて桜井さんに答えた。


「そうか、それは申し訳なかった。取り込んでたんだな。……今日は見てもらいたいものがあるんだよ。だから警察署まで来てもらいたい。ご両親にも了解は得ているから、ぜひ協力を願いたいんだけど…」


「…はい、大丈夫です。」


「ところで、最近、若月京香には会うかい?」


 俺の顔は引き締まった。ここからは気を付けてしゃべらなくてはならない。


「……はい、今日もバスケ部の練習で一緒でしたけど」


 車がスピードを下げ、ガタンガタンと車体を揺らしながら警察署の駐車場に入っていく。俺は桜井刑事の相棒で、女性刑事の村井さんに「ついてきてください」と言われ、警察署の中に入る。


 正面玄関を抜けると、受付カウンターがあり、その奥にデスクが置かれていた。警官の数が多い。思ったよりごみごみした職場のようだ。

 俺はロビーを過ぎて、2階の小さな会議室のようなところに案内される。長机を二つ合わせた即席のテーブルに会議用の椅子が置かれていた。


「そこに座って、ちょっと待っててくださいね。」


 と村井さんに言われ、パイプ椅子に座る。相向かいにもパイプ椅子がある。

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