祖父の手招き

「……介、新之介」


 何処からか俺を呼ぶ声で目か覚めた。暗い部屋の中を見ても誰もいない。

 気のせいかと思い、スマホを確認する。夜中の2時15分だった。唯人からの連絡もない。

 再び眠ろうと目を閉じた時、また声が聞こえた。


「新之介」


 ハッとして飛び起きた。今度は気のせいじゃない、確実に聞こえた。聞き覚えのある老人の声、これは……。


 俺は声のした部屋の入口を見た。上半分は障子しょうじ、下半分はかざりガラスの建具が、暗闇の中にあった。ベッドから降り、電気も付けずに引戸ひきどに近づく。


 ゆっくりと戸を開け正面を見た……、何者もいない。ただ漆喰しっくいの白壁があるだけだ。そして顔を少し廊下に出し、目線だけで左右を確認する。

 右の方……、何もいない。左の方……、かすかに人影があるように思える。意を決して体を廊下に乗り出し、しっかりとその方向を確認する―――。


 そこにいたのは二年前に死んだはずの祖父だった。うっすらとけていて、生前、葬儀そうぎにむかう時に着ていた、浄土真宗じょうどしんしゅう正装せいそうを身にまとっている。


「……じいちゃん、びっくりさせないでよ。どうしたの?」


 不思議と恐怖は感じない。声の感じからそうじゃないかと予想はしていたが、その姿を見て安心した。

 初めての心霊体験なのに、こんなに落ち着いていられるのは、相手が祖父だからだろう。


 じいちゃんは廊下の角に立ったまま、手招てまねきをはじめた。声は発しない。俺は祖父のところまでゆっくりと歩いていった。もう少しで体に触れるというところで、その姿が消える。周りを見渡すと廊下の先で、また同じように手招きをしていた。

 そんな繰り返しを何回かしているうちに、本堂ほんどうの真下に位置する、地下室の手前まで来た。


 ここは永大供養えいだいくようのための地下室だ。無縁仏むえんぼとけや墓じまいしたご家族の仏さまを、永年えいねんに渡ってご供養くようするための安置所。

 ここが開くのは週に一度、お経をあげる時だけだ。普段から、しょっちゅう出入りするところではない。

 だからカギがかかっているはずなのだが、なぜか今は開錠かいじょうされていた。


 俺はコンクリートのせま螺旋らせん階段をゆっくりと降りていく。

 地下室だから、電気を着けないと暗くて何があるのかわからないはずなのに、今は青みがかって、ぼやッと周りが見えている。

 地下のお堂に着いたところで、やはり祖父が姿を現した。


「じいちゃん、こんなとこで何してんの?何かして欲しいことでもあるの?」


 近づくと消えてしまうので距離をとった状態で聞いてみる。すると祖父は、体の向きを変え、毎年、節分せつぶんになると御開帳ごかいちょうする、貴重品を収納した大箱おおばこを指差し、ニコッと笑うのだった。

 

 その瞬間、目が覚めた。俺はペットの上で横になっている。急に現実にもどってきた様で、ぼーっと自分の周囲を見回した。いつも通りの部屋だ。時計を見ると朝4時を過ぎていて、外はだいぶ明るくなっていた。

 大きく息を吐いて、また枕に後頭部をおしつける。今起きたことは夢なのだろうか?それにしては生々しい。


(久しぶりにじいちゃんに会ったなぁ、全然怖くなかった……。)


 なつかしさが勝ち、しばらくそれにひたっていると、そのうち祖父が指でさし示した大箱に、何の意味があるのか気になった。


(…じいちゃん…、何が言いたかったんだろ?)


 そう思うと、もう眠る事が出来なかった。ベットから跳ね起き、カギを持って、地下のお堂に向う。

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