周りの違和感

 若月先輩に近づく人間は、同級生ではめったにいなくなっていたらしい。女子バスケ部でも、いまいち浮いている印象を受けていたのはそのせいだろう。

 紗希さきだけは、


「そんなこと関係ないよ。あんなにいい人いないよ」


 と若月先輩に良くなついていた。しかし、紗希のお父さんが急死したことで、


〝やっぱり関わり合うと良くないんだよ〟


 と、うわさ信憑性しんぴょうせいが増していたようだ。


 唯人の救急車騒ぎから、紗希の父親の急死も重なり、教師を含めて、学校中がざわめきだっている。


 唯人が先輩のことを好きなのは分かっていた。

 俺も先輩のことは好きだ。あんなに綺麗で優しい女性とだったら俺も付き合いたいと思う。でも彼女と付き合うのが唯人なら、俺は友達として応援したい。


 まあ、噂は所詮しょせん、噂であるし、本当に何かあった時には声を掛けようと思っていたんだ。


 そんな彼はたった今、警察に連れていかれた。


「聞きたいことがある」と刑事さんが言っていた。唯人も何のことかわかっている様で目が真剣だった。


 学校の玄関で、紗希が唯人につかみかかって行ったのも驚いた。彼女がそんなことをするなんて普通じゃない。


〝明らかに、唯人の周りで異常なことが起こっている〟その原因を俺も知りたいと思った。





 唯人が警察に連れていかれてから、俺と紗希は、しばらく呆然ぼうぜんとしていた。俺は彼女に声を掛けた。


「紗希、ちょっと暇ある?」


「……うん」


「俺にも…、事情聞かせてくれないか?」


「いいけど……ちょっと変な話だよ」


「玄関で話、聞いてたから、何と無く内容はわかってるつもりだよ……」


「うん……じゃぁ聞いてくれる?」


「ああ、聞かせてほしい。」


 紗希は、大きいため息を一息ついて言った。


「それにしてもびっくりしちゃった。警察の人が葦原君連れていくなんて。葦原君、何か事件に巻き込まれてるのかな?」


「巻き込まれてる……のか、よくわからないけど、今日のところは唯人からの連絡待ちだな」


「あたしも聞きたいこといっぱいあったのに」


「いつでも聞けるんじゃないか?唯人も終わったら電話するって言ってたし。紗希の方に電話行くかもね。」


「そうだね……うん。」


 コンビニに行く予定だったが、行先を公園に変更した。道中、歩きながら話した。自動販売機で紗希に飲み物をおごり、目的の場所に着く。


 二人でブランコに腰掛け、飲み物を開け、お互いに一口飲んだ。そして紗希が話し出す。


「あのね、あたしのお父さん ――――」


 彼女は玄関で、唯人を押し倒すまでにいたった経緯けいいを説明してくれた。


 ――――――。


「もしも、葦原君に、お父さんが死ぬことがわかってたなら、もっと詳しく教えてほしかったんだよね。」


 紗希は、夕方も終わろうとしてるオレンジ色の空を見た。そして声が少し震える。


「そんなこと思ってたらね、芦原君にそれを確かめたくなって……」


 涙目になって下を向いてしまった。


 こんな時どうすればいいのかわからない。ドラマだと軽く肩を抱いてやるシーンではあるが、この場合は正解なのだろうか?

(はぁ、わからないことだらけだなぁ)と自分の無知さを呪う。

 紗希の肩を〝ポンポン〟と2回叩たたき、俺は言った。


「きっと唯人に、悪気は無かったと思うよ。唯人は悪い奴じゃない。紗希もそれはわかってると思うけど……」 


 うつむいたまま、彼女は「うん」と答える。


「唯人もいろいろあるだろうから、今日電話が来なくてもさ…。明日また、本人から事情が聴けるだろ?」


 紗希は涙をいている。俺は続けた。


「いろいろあったし、疲れたろ。今日のところはゆっくり休んだ方がいいんじゃない?」


「うん、そうする。新之介ありがとう。話聞いてくれて、少しすっきりしたかも」


「送っていこうか?」


「そうだね…、送って行きなさいよ」


 元気を取り戻してきた紗希は、俺の胸を軽くグーで殴った。


〝そうそう、これが俺の知ってる後藤紗希だ〟


 その後、家の近くまで、彼女を無事送り届けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る