葦原(あしはら)君………。

 私は下駄箱げたばこに押し付けていた、葦原あしはら君の体から、少しずつ離れました。

 気づくと周りにいた数名の生徒が〝何事か〟とこちらをのぞき見ています。ずっと隣にいた新之介も、真剣な顔をして、事の成り行きを見守っていました。


「コンビニ…、寄っていこうよ」


 新之介が気をかせて、私たちの間にって入ってくれました。


「唯人、そこで話し出来るか?」


 葦原君は大きくうなづきます。


紗希さきもそれでいい?ここは場所が悪いよ。」


 どんな顔をしていいのかわからない私は、ふくれっ面で大きく頷きました。もうこの場で話をするのは無理なようです。

 私が玄関で外履きに履き替えている最中、


「出来れば、俺も、その話…、聞きたいんだけど…同席してもいいかな?」


 と新之介がひかえめに、丁寧ていねいに申し出ました。葦原君は


「ああ、話そうと思ってたんだ、新之介にも。俺は聞いてもらいたいけど…」


 と、私の方を見ます。私もその方が、取り乱さずに話が出来そうだったので、


「お願い…」と返事をしました。




 三人で学校の玄関を出て、近くのコンビニへと歩き出しました。すると、正門近くの駐車場に、黒い乗用車が1台止まっています。

 その車から、40代くらいの男の人と、20代くらいの若い女性が降りてきて、葦原君に声を掛けました。


「部活は終わったかい、また聞きたいことが出来たんだけど…、ちょっと時間いいかな?」


 新之介も私も、葦原君を見ます。この人達が警察官であることは、私たちには容易よういに想像できました。

 何故かと言えば、京香きょうか先輩の家から彼が救急車で運ばれた件は、学校中のうわさになっていたからです。


『また、若月京香わかつききょうかがらみで、呪われた奴が出たぞ』


警察沙汰けいさつざたにもなってるらしいよ』


 という、興味本位の、都市伝説のような噂でした。




 葦原君は少し眉間に皺を寄せて答えました。


「今はちょっと…、急ぎますか?」


「そうだなぁ、大事なことなんだ、早い方がいい」


 そういうと、男の人は新之介と私の方を見て言いました。


「私は鶴巻つるまき警察の桜井と言います。彼が悪いことをしているわけではありません。少し葦原君に確認しておかなければならない事があるだけです。申し訳ないけど、彼を貸してもらえるだろうか?」


 と丁寧ていねいに言われました。

 私は〝警察〟という言葉に恐怖を感じました。テレビでしか見ない職務質問を…、もしかしたら事情聴取を、彼は要求されているのです。そして葦原君もれた感じでいる。

 ビックリしている私と新之介の様子を見て、


「後藤、新之助。申し訳ないけど、今は刑事さん達の話を優先してもいいかな?終わったらすぐ連絡入れるから……、俺もちゃんと話しがしたいんだ……」


 と葦原君は言ってくれました。

 お父さんのことを聞きたいけど、こうなってしまっては警察の方が優先だということはわかります。


「わかった、私は大丈夫だから、刑事さんの言うこと聞いて」


 と彼を見送ることにしました。



 葦原君は警察の人の車に乗って、直ぐにどこかに連れていかれてしまいました。



 自分でも不思議に思います。さっきまで彼に向けていた、怒りにも似た感情は、もう無くなっています。その代わりに、もの凄く彼のことが心配になってきました。


京香きょうか先輩の事を聞かれるに違いない……、何か変なことにならなきゃいいけど…)


 そう願いました。

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