わかってたの……?

 放課後、体育館に向かうと、久しぶりに顔を出した私を、バスケ部のみんなが暖かく迎えてくれました。女子部の先輩も、代わる代わる声をかけてくれています。

 京香先輩が


「紗希ちゃんがいなくて寂しかったよ。……もういいの?」


 と、目をうるませて聞いてきました。その様子に、


「はい、もう大丈夫です。明日からちゃんと部活も出ますから」


 と復帰宣言をしてしまいました。私は手厚くステージの上に誘導され、出場できなかった地区大会の話しを聞いています。


 練習が始まると、私の視線は、葦原あしはら君に釘付くぎづけになりました。彼の事を見ながら、また授業中に考えていたことが、頭の中で反芻はんすうするのです。


 しかし、出てくる答えは同じです。

 休憩中、新之介に


紗希さきさ、さっきから目が怖いよ。調子出ないなら、無理しなくてもいいんじゃない?」


 と言われました。


「そうじゃないんだけどさ……」


 私はステージ上で、体育座りのひざの間に、顔をうずめました。 




 最後のチーム戦が終わり、今日の部活は終了です。みんな爽やかな汗をかいて充実した笑顔で帰り支度を始めました。

 私はもう、葦原君に、あの時のことを聞かずにはいられません。


 みんなが解散になり、葦原君は新之介と、学校の正面玄関で外履そとばきに履き替えています。


「何してんだよ、紗希も一緒に帰ろうぜ」


 と、新之介が誘ってくれました。


「…うん…」


 私は意を決して、葦原君に声を掛けます。


「ねえ、葦原君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


「え、うん、いいよ…」


「あのさ、私のお父さんのことなんだけど……」


「……うん。」


「葦原君さ、もしかしたら、お父さんが病気だってこと…わかってたの?」


 こんな、何の根拠こんきょも無い話し…、本当に私は、どうかしてしまったのかもしれない。自分で聞いておいて〝笑われても仕方ない〟そう思いました。

 しかし、葦原君は、し目がちになり、言葉を選んでいるようです。そして、私に目線を戻すと、


「ごめん……」


 と言いました。


 葦原君はそのあとも、間をおいて何かを話そうとしていましたが、私は一気に感情があふれ出て、彼に詰め寄りました。


「『ごめん』って…、なんでお父さんが死んじゃう前に、あんなこと言ったの?どうしてわかったの?どこまでわかってたの?」


 段々と声が大きくなっていきます。私の足元は、彼のくつかさなるくらいに近づきました。


「葦原君『病院に行った方がいい』って言ったよねえ、それだけじゃわかんなかったよ…。私、あの日、ちゃんとお父さんに『背中痛くないか』って聞いてたんだよ。」


 あまりに迫り過ぎたせいで、彼は後ろの下駄箱げたばこに背中をぶつけ、それに支えられる形になっています。


「でもお父さん、今度暇になったら行くって言って…、そのまま死んじゃった……。こんなに早く症状がでるなんて思わなかったから……。」


 そしてとうとう怒鳴どなり声になり、


「わかってたんなら、何でもっとちゃんと教えてくれなかったのよ。」


 と彼を罵倒ばとうしていました。


 気づくと私は、葦原君の制服の胸ぐらを、鷲掴わしづかみにしています。もう何が何だか分かりません。どこにもやり場のなかった感情が、彼を目のかたきにすることで爆発したような感覚です。その鷲掴みにしている両手に、顔をうずめて泣いていました。


「ごめんな、後藤。ちゃんと説明する。俺が悪かったんだ……。」


 その葦原君の声は、語尾ごびふるえています。私は、その彼の様子で、正気に戻ることができました。


〝何てことをしてるんだろう。彼が何をしたというのか。でも、わかっていたなら、なんできちんと教えてくれなかったのだろう?……教えてほしかった……〟


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