父の葬儀 


 母は親類より先に、葬儀屋さんに連絡を入れて家族葬にすることを決めました。

 遅れて連絡を受けた、父方のおじいちゃんは


「そんな大事なこと勝手に決めて、何を考えてるんだ。」


 と怒鳴っていたのが、電話ごしに、私の耳にも聞こえていました。それでも母は動じることなく、淡々と訳を話し、近親者のみの葬儀をすることになりました。


 私には、母の気持ちがなんとなくわかります。母は父の葬儀が、いそがしく、さわがしく、形式的にり行われるよりも、本当に父に思いを寄せて、送り出したかったのだと思います。それに、親戚の人たちに気を遣っている余裕もなかったのでしょう……。




 お通夜が始まり、母と私に顔を合わせた父方のおじいちゃんが言いました。


「家族葬なんて筋が通らない。常識から外れている」と……。


 予想通りの見幕けんまくで顔を赤らめています。自分たちの息子が死んで、悲しく、混乱していると言うことも、もちろんあるのでしょうが、結局は親戚筋に対して自分達の面子めんつが立たないと言うことが先に立っているんだと感じました。


 しかし、母は黙って頭を下げ、父方の祖父母を迎え入れます。

 お通夜の最中、なおも父方のおじいちゃんが


「実家も継がねえで、こんなところに家建てるっけバチが当たったんだ」


 とずっと文句を言い続けています。


 私がまだ小さく、父の実家に住んでいたころ、よく父と祖父が言い争いをしていたのを思い出しました。今思うと、何の言い争いをしていたとしても、きっと、ほんとの意味で正しかったのは父なんだと思えます。


 あの優しく思いやりのある父が、実家を出ざるおえなかった原因は、あなたたちにあるのに……。そんな気持ちが急激に私の中にこみ上げました。


「うるさい、お父さんが死んだのに、何のつもりでここに来てんのよ。文句言うくらいなら帰って!」


 意表いひょうを突かれて、驚いた祖父でしたが、すぐに言い返してきました。


「子供が口をはさむな、おめえにはわからねえんだてば!馬鹿があ!」


 その通りなんだと思います。私はまだ子供ですから、大人の事情なんてわかりません。黙っていればいい。そうしたいのは山々でした。


「分かるよ、なんでお父さんがこの家を建てたか。なんでお母さんが家族葬にしたかったのかわかるよ」


 理性で考えるより早く、口から次の言葉が吐かれていました。

 私は人に対して、むやみに楯突たてつく方の人間では無いと思っていました。なのに、こんなに激しい口調で人を非難するなんて……。

(こんなこと言うんだ)と自分でも驚いた瞬間でした。しかし、焼け石に水とはこのことです。それから祖父との言い争いは、言葉こそ激しかったものの、何の進展も見せない不毛なやり取りが続きました。


「好きにしろ、馬鹿がぁ。」


 と吐き捨てて、父方の祖父母は帰っていきました。





「…お母さん…ごめんなさい。」


 涙があふれました。お父さんが死んだのに何してんだろ。お父さんの葬儀に傷を着けたんじゃないか、自分はものすごく悪い子なんじゃないだろうか。そんな思いが頭の中を駆け巡って、ただただ申し訳無い気持ちでいっぱいになりました。

 そんな私を母は抱きしめ、


「ありがとうね、紗希さきは何一つ間違ってないよ。ごめんね、お母さんが勝手なことしたから……。でも紗希の言う通り、お父さんのことゆっくり送ってあげたかったから……。ありがとうね。おじいちゃんと喧嘩けんかしてた紗希は、まるで昔のパパみたいだったよ。」


 私と母は、また父を思い出し、涙が止まらなくなって、しばらくその場で泣いていました。





 お通夜が終わり、翌日、簡単なお葬式をしました。お通夜から参加していた、母方の祖父母が、あの父方の祖父母と何やら話をしています。

 多分、父方の祖父母をなだめてくれているのだと思いました。父方の祖父母は、あの言い争い以降、余計なことを言ってこなくなりました。


「納骨はどうするんだ」という父方の祖父の言葉に、母は


「すいません、しばらく一緒にいたいので……またあとで連絡します」と言っていました。





 葬儀が終わり、母も力無く、私も力無く、二人だけの夕食を済ませ、帰ってこない父を母と言葉少なく、しばらく待っていました。

 しかし、やはり、父の帰ってくる気配がありません。二人でいるのもいたたまれなくなって、私は2階の自分の部屋に入りました。そして、疲れてベットの上で横になります。〝もうお父さんはいないんだ〟枕を顔に押し当てて、声を殺して泣いていると、どうやら、1階で母も泣いている声が聞こえました。


(お父さん、お化けでもいいから出てきてよ。)


 そんなことを思いながら、いつの間にか私は眠ってしまいました。

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