第3章 ~現世(うつしよ)のこと~

予測された死 ①

 私は鶴巻高校1年A組、後藤紗希ごとうさきです。


 浅妻先生と葦原あしはら君が、救急車で病院に運ばれたのは、もう二週間も前のことでした。

 浅妻先生は先週退院し、いつもと変わらない様子を見せています。昨日のホームルームで、葦原君も今日から登校するという話がありました。


 教室の後ろから、


「おー唯人」「久しぶりー」


 という男子の歓声が聞こえます。私が振り返ると、開けっ放しの教室の入口を、バツが悪そうに、はにかんで通る葦原君が見えました。顔色も良さそうです。

 さっそく、新之介が近寄って、


「おう、唯人、大丈夫か?重い病気じゃかなったか?」


 と、彼の体にたくさんのボディータッチをしていました。


 その日一日の彼は、大学病院の精密検査で、どんなことをされたのかを周囲に面白おかしく話していました。午後にはクラスメイトとも、すっかり打ち解け、体調を崩す前と、なんら変わりない姿を見せています。




 次の日、私が休み時間に一人でいると、葦原あしはら君がやってきて、変なことを言いました。それは、


『私の父の体調が、悪いのではないか?』という内容でした。


 私は心当たりがありませんでしたが、葦原君が真面目な顔をしているので、よくよく思い出し、


「…どうだろ?肩はこるみたいだけど…」と話しました。すると、彼は顔を近づけてきて、


「今日帰ったらお父さんに聞いてみて、『肩痛いか』って。それで痛いとか言ってたらさ、絶対病院に行くように言って」


 と言うのです。彼の話では、入院中に相部屋になった人が、私の父と同じ症状だったというのですが……。


 唐突な内容だったので、少し引いてしまいました。しかし、葦原君は真剣そのものです。その迫力におされるように、


「…うん。ありがとう……。聞いてみるね」と返事をしました。


(葦原君ってちょっと変な人?)そのときは、そのぐらいにしか思っていませんでした。 

 

 午後の授業が終わり、バスケットの部活も終わり、いつも通り鶴巻駅から電車に乗って家に戻りました。

 一息入れて、リビングの机の上で、今日の宿題を広げます。




 私の家は私が5歳の時に両親が新築したもので、それまでは父の実家で、おじいちゃんやおばあちゃんとも一緒に住んでいました。

 父は実家を継ぐ気でいましたが、おじいちゃんとの折り合いが悪く、いつも言い争いをしていました。やむなく別居することとなり、少し離れたこの場所に家を建てたのです。


 幼い私は、新しい家が、只々ただただ嬉しかったのを覚えていますが、一軒家を購入したことで、父も母も残業が多くなり、帰りも遅くなりました。

 ちょっとさみしい面もありましたが、家族が喧嘩ばかりするよりは、よほどましな選択だったと、両親には感謝しています。


 ふと、昼間、葦原君が言っていたことが頭をよぎります。

 私は、家族のために働いてくれている父が大好きです。一人の大人としても尊敬しています。

 そんな父が突然いなくなることなんて考えられません。そんなことがあってはならない…。

 葦原君のアドバイスをまじめに実践しようと思い直して、広げた宿題を早めに片付けました。

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