結界の構築

 大六が言う。


「そうだな、まずは東に置くか」


 彼のいう通り、家の東側に移動した。台所側の外になり、給湯器が目の前にある。すると大六は難しい顔をした。


「東…じゃない方が良いな、これは」


「はあ?」


 俺は、いまさら何言ってんだ。という顔で彼を見た。


「いや、この家は、東西南北に四隅よすみがある訳じゃないからな、四隅に柱を置くなら、北東、北西、南東、南西、になるだろう」


 …確かにその通りだ。俺は寝てないせいで、少し気が立っているようだ。


「東西南北じゃなくても効果あるの?」


「あるよ、要は周りを均等に囲んでやればいいのさ」


 そういうと、少し移動して南東に位置をとった。


「ここでいいんじゃないか? 唯人、身体貸してくれよ、ここに縛るから」


 俺は、体の貸し借りが当たり前になっていることに、若干じゃっかんの抵抗を感じた。


(霊能者の人たちは、こんなこと当たり前にしてるのかなぁ)


 と不意に思う。


 彼にあやつられながら、その所作しょさを勉強した。右手の人差し指と中指を立てて、梵字ぼんじのようなものを地面に向けてえがき、それと同時に〝スッ〟と強く息を吹き付ける。


(なるほど、こうするのか…)


 やってることは分かっても、結局、どんな意味があるのかがさっぱりだった。

 最初に縛られたのはおかっぱ頭の女の子だった。


〈これで良し。次、反対側だな〉


 そういうと体が重なったまま、北西側に移動して、同じように儀式をした。次に縛ったのは坊主頭の男の子だ。その次は、南西に妖怪化少女を。最後は、北東に餓鬼化がきかした中年ナイフ男を縛る。大六が言う。


「鬼だから、こいつが鬼門でいいだろ」


「どの悪霊を、何処どこに縛るかとかも、意味があるの?」


「いや、狩った順番で縛った。ここは北東の鬼門で、鬼つながりでここにしたけど…、別に問題ないだろ?」


 全く問題は無いけど、だいぶアバウトなもんなんだなと、少しだけ不安になる。





 四方の結界は完成した。


 大六が俺の体から、ふっ、と離れて横に並んだ。


「これでいいぞ。やっとゆっくり寝れるな。俺も安心してあの世に帰ることができるぜ」


 一つ疑問が残っていた。


「大六、このナイフどうすればいい?」


 俺は浅妻先生の恨みを具現化ぐげんかした、このナイフを、どうすればいいのか大六に聞く。ナイフが消えていないということは、先生の気持ちも晴れていないということだ。大六が言う。


「そいつの頭に刺しておけよ。」


「頭に刺す?」


「そうだ。それは武器でもあるが、本来、その人間の人生で、こうむる必要が無かった正当な恨みの塊だ。それを俺が刃物に造形ぞうけいを変えただけ。その恨みを受けるべきはこいつだろ」


 そう言うと、餓鬼化した中年男を指さした。


「思い知らせてやればいい、あの先生の無念の日々を、激しいいきどおりを、我が子への愛情を。こいつは幸せ者だ、この世にいるうちに、自分の罪を反省する機会を与えられてるんだぜ」


 俺は小さく〝うん、うん、うん〟と三回うなずいた。納得がいったからだ。


 大六に言われたとおり、餓鬼化した中年男の額に正面から真っ直ぐに差し込んだ。細身のナイフは吸い込まれるように餓鬼の額に収まって、柄の部分だけが外にでている。餓鬼化中年男は、喜怒哀楽の、いろんな表情を浮かべている。

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