正しかったのか、よくわからない…

⦅オン ビロバクシャ ノーギャ ヂハタエイ ソワカ⦆


 真言しんごんを唱えると、両手で作った印から光があふれ、妖怪化、いや、鬼化した中年ナイフ男を捕まえた。他の3体の悪霊たちとは、異質な禍々まがまがしさを感じる。


 光はいつものように縮小していき、俺の胸に吸い込まれていく。

 大六が言う。


「一人でも、印と真言で捕まえることができたな。なかなか筋が良いぞ。」


 俺は、自分の震える足元をジッと見ていた。そして釈然しゃくぜんとしないでいる。


「どうした?」


「まあ、いろいろ…。悪霊とはいえ、人を刺したのも初めてだし…、自分があんなに激しく、あっさりと人間の体を傷つけることが出来るなんて……、俺もあいつと同じなのかなと思ったりして……。でも、浅妻先生のかたきを取れたのはよかったんだけど……。あのナイフ男……、人間ってさ、あんなに人を思いやれないもんなのかなぁとも思ってさ。」


「………」大六は黙っている。


 俺は何とも言えないむなしさに襲われていた。


「……そうだな、ナイフ男だって、生まれたときから、あーじゃなかったと思うぞ。育てられた環境もあったろうけど。悪い方、悪い方へと気持ちが流れて行ったんだろうよ。でもな、どこかで立ち直るきっかけも、誰かの救いの手もあったはずなんだ。人生ってのはそういうもんだ。あいつはそれをり続けた。その結果が今の姿だ」


「あのつのの生えた姿のこと?」


「そうだな。あれは〝餓鬼がき〟だ、少しは知ってるか?」


「聞いたことあるけど…詳しくは知らないよ」


「地獄に住んでいる鬼の一種だ。ナイフ男に共鳴して、地の底からい上り、魂が混ざったんだろう。ああなると、もう安らぎも幸福も無い。いつもえていて、口にするモノが糞尿ふんにょうだろうと炎に包まれる。常にかわいた魂だ」


「俺と大六の役に立てれば、少しは罪が軽くなるのか?」


「ああ、そういう契約だからな、」


「そうかあ……、よくわかんないけど、役に立ってもらった方がいいのかな……」


「そうだな……」


 俺は放心ほうしん状態でその場に立ちくしていた。




「おい、唯人、それよりも結界だ。4匹揃ひきそろったことだし、さっそくやってみるぞ」


 時計を見ると、もう夜中の3時だった。現実的な思考が戻り始める。


「ヤベッ、早く家に戻らないと」


 ここから家まで自転車で40分くらいだ。急がないと家族が起きてくる。


 深夜に忍び込んだ学校をあとにし、全速力で自転車を走らせた。〝シャー〟という車輪が回る音で、家族が起きないように、家の少し手前で自転車を降り、徒歩で近づいた。


 そして、この悪霊狩りの最後の仕上げに入るのだった。

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