恨み晴らし ①

 一体誰なんだ?そう思っていると、


「よう……どうだ、夜の教室に閉じ込められた気分は?」


 と上からの物言ものいいで話しかけてきやがった。


「………」


「怖いなんて感情はないか、あんたが幽霊だもんな。やっぱり夜には慣れてるか?そうか、残念だな…」


 霊能者か何かか?俺は開いている入口に近寄って、外に出ようと扉に手をける。

 すると〝バチッ〟と、電気のようなものが体を走り、尻もちをついた。その様子を、隙間すきまからのぞいているやつが見下みくだしている。


「大六のいうとおり、出れないらしいな」


 そいつは扉をあけて、教師に入って来た。あの時の生意気な小僧だった。


「久しぶりだな、あの時はどうも…」


「てめえは…、この間、腹ン中めちゃめちゃにしてやった奴だよな。死んでなかったのかよ。まあいいや、早くここから出せや」


「出さねーよ。ここまでくるのに、どれだけ苦労したと思ってるんだ。これから、あんたに、浅妻先生の恨みを返すんだからさ…」


「浅妻ぁ?あーあの生意気な女教師の事か。ありゃ爽快そうかいだったなぁ、お前が見ていてくれたおかげで、こっちもテンション上がっちまったぜ。もう少し、腹の子を大きくしてからるつもりだったのに、つい最後までいっちまった。ありゃお前のせいなんだぜ」


 そうだ、あの女の腹に、子供がいるのは随分ずいぶん前に分かっていた。最終的に命を頂くことには変わりはないが、それじゃぁつまらなかった。今回はじっくり時間をかけてなぶり殺すつもりだった。


 小僧は少し下を見ながら言った。


「そうか…、やっぱりなあ…。何となく、そうなんじゃないかと思ってたんだ。……だからさ。俺にも責任があると思うんだ。」


 小僧が何を言ってるのかわからない。それよりも、早くここから出たいのだ。

 自由を奪われることが、生きてるときも死んでるときも、俺には耐えがたい。


「はあ?何のことだ?いいからここから出せ。出さねーとこの間みたいに、臓物ぞうもつ引きずり出すぞ。今度は徹底的にやる!…お前死ぬかもなぁ、うは、うわはははは」


 俺は楽しくなってきて、天井を見上げて笑った


「やってみろ!」


 小僧は、どこからか取り出した、細く長いナイフをチラつかせる。


 俺もいつも使っている、生きてるときによく使っていたサバイバルナイフを具現化して、ジリジリと間合いを詰めていった。


 小僧のかまえはまるで素人だった。こいつには霊感があるのだろう。きっとこのナイフがよく通る。

 何も感じない人間は、とことん感じないものだ。そんな相手には、違う追い込み方がある。本人がわからないように、じわじわとやっていくのだ。あの女教師や、他に監視かんししている生意気な女どものように。


 そうだ!このナイフで死ななければ、この教室を出て家庭科室へ行こう。実物の包丁をもってきて、こいつの体にぶっ刺してやれ!

 もう俺には、現実のものを動かす力だってある。この教室に閉じ込めたのはこいつだ。だれも俺の自由を奪わせない。確実に殺してやる。


 俺は一応、用心しながら、左右にフェイントを仕掛しかけ、小僧に詰め寄っていった。そして、まずは小手こてを狙っていく。素人はすぐに体幹を刺されまいとするから、これは十中八九ヒットする。やつが刃物を落とした時点で、なぶり殺しだ。




 小僧は身を守る素振りさえない。〝殺れる〟そう思った時、突然、俺の体に雷が落ちた。そして、体が硬直し、微動だに出来ない。

 何が起きたのかわからない。困惑していると、ゆっくりと奴が近づいてくる。


「苦労したって言ったろ。俺はあんたと決闘をしに来たんじゃない。浅妻先生の恨みを晴らすためにやってきたんだ」


 小僧は動けない俺の周りを、大きく回り始めた。


「教室の四隅を見てみろ」


 言われるまま従うってのは、しゃくにさわるが、視界に入る範囲で四隅を見る。

 今までは何もなかったはずなのに、そこにはそれぞれ、俺以外の幽霊、いや、化け物が立っていた。


 天井までとどく、ガタイのいい、着物姿の大男。


 声は出さないようにしているが、ケタケタと面白がっている、幼稚園くらいの女のガキ。


 ボサボサのちぢれ髪で、顔は黒く、輪郭りんかくさえはっきりしない、まん丸い目がギラギラとした女。


 俺は生きている時のように、脂汗あぶらあせをかきはじめていた。



 顔をやっとで動かし、最後のすみも見る。そこには半袖のYシャツをズボンから出した、学生服姿の、小僧と同い年くらいの男が、腕組みをして壁にもたれていた。小僧が言う。


「分かるか?結界だよ。あんたが罠にかかるのを待ってたんだぜ。ねちっこく浅妻先生をまた狙ってくると思ってたからな」

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