第2の心霊スポット ー戦闘①ー

 明かりに照らされて、辺りは白っぽく映し出された。


 その照らされている辺りを凝視ぎょうしすると…、黒い人影があるように見える。


 昔のアナログテレビの砂嵐を、もっと黒々とさせたような、チラつきのある影だ。


 俺は、高鳴った心臓の鼓動を感じつつ、更に集中して観察する。すると、その黒い塊は立ち上がり、こちらを向く。


「見えるだろ、今からあれを狩るからな」


 そういうと大六は、俺の体に重なって捕獲ほかくする準備をはじめた。


 両手が勝手に動き、人指し指同士をからめ、薬指と小指を広げ、心臓をもてあそんだ女の子を捕まえた時と同じ印を作った。


口からは真言しんごんが発せられる。 


⦅オン ビロバクシャ ノーギャ ヂハタエイ ソワカ⦆


 すると、印の中心から金色の光がき出す。これもあの病室の時と同じだった。


 最初に見つけた黒い人影の他にも、数体の影が徐々に姿を表しはじめている。


 地面に立っている者、浮遊している者、壁からこちらを覗き見ている者……ますます数が増えていく。

 

 影達は、段々と色彩を帯び、それぞれの、生前の姿へと変貌へんぼうしていった。


 作業着姿の男や、ミニスカートの女性、首をった状態で出てくる者や、誰かに撲殺ぼくさつされて、血みどろの若者の霊もいる。


 服装や髪型を見ると、年代的な統一感はない。皆一様に、俺と大六の方をにら


〝出ていけ、邪魔するな!〟


 といった思念をはなってくる。




 まさに心霊スポットだった。俺はその異様さに、気後れし、呆然としていた。


〈唯人、しっかりしろ!〉


 大六が頭の中で大声を上げた。


〈ここの奴らの中にはな、歴史のある亡霊もいる。一人一人が強いし、数も多い。俺と唯人でこいつらを捕まえるんだから、お前もまれないようにしっかりと気を張ってくれ〉


 俺はハッとして、気持ちを入れ直し、腹と足腰にも力を入れる。


「ああ、悪い…そうだったな…俺にはこの人達の力が必要なんだ。申し訳ないけどしばらせてもらう」


〈そうだぜ!行くぞ唯人!〉


 大六がそう言うと、印を結んだままの両手から、より一層大きな光があふれ出した。


 その金色の光は、俺達の体をつつみ、眼前がんぜんにいた多くの幽霊達を包み、更に廃工場の敷地全体を包み込んだ。


 大六が、聞き覚えの無いお経を、俺の口を通して唱え始める。


⦅その時、

 ほとけ地伸堅牢じしんけんろうげたまわく。

 もし悪事あれども、

 ゆるしても問わず、

 その罪をせず、

 正教せいきょうをもってせずして、

 善法を捨遠しょおんせば、悪集あくしゅう増長ぞうちょうす。

 故に諸々もろもろ姦闘かんとう多く、

 三十三天さんじゅうさんてんをして、

 おのおの瞋根しんこんしょうぜしむ…⦆  


 響き渡る誦経ずきょう(暗記しているお経を唱えること)にさらされた霊達は、漏れなく一斉にもだえ始めた。


 怒る者、苦しみもがく者、許しを請う者。皆、混乱しながらわめいている。


 誦経ずきょうが進むにつれ、その場を包んでいた光が光度を増しながら徐々に縮んでいく。大六が拘束しゅうそくを強めているのだ。


〝このままではこの世から消される、居場所を失う〟


 という、彼らなりの恐怖感が伝わってくる。


 そして――、存在の危険を感じた彼らの首謀者しゅぼうしゃが、ついにその姿を現した。




 さっきまで、苦しみ、涙を流していた、ワンピース姿の少女が、ピタッと藻掻もがくのをやめ、機嫌が悪そうに立ち上がった。


 彼女の顔は、灰色で血色が感じられない。眼球が抜け落ちた、底の知れない黒い瞳で、こちらを睨みつけ、あからさまに敵意を向けてきた。


 他の幽霊達とは、あざとさが違う。この妖怪化した少女が、この集団のかしらだというのがよくわかった。



 彼女はそのまま、指先一つ動かさない。だが、手下の幽霊達に意思は伝わっているようで、それぞれに苦しんでいた彼らは、無言の指令を受け、一斉に俺たちを襲ってきた。


 襲ってきたといっても、そのほとんどが現実に存在してる肉体に、傷を着けることが出来ない弱い霊のようだ。周りを飛び回ったり、急に大きくせまってみたりして、こちらの恐怖をあおっているだけ…。

 恐ろしくはあるが、気を張っていれば何とかなりそうだった。


 すると突然、俺の顔を何かがかすめ、後ろの方で〝バリンッ〟とガラスが割れる音がする。


 浮遊していた雑魚霊達に隠れて、妖怪化した少女がガラス瓶を勢いよくこちらに飛ばしてきたようだ。


 嫌な予感がする。〝ガタガタ、バリバリ〟と周囲のものが動く音がした。予感は現実のものとなる。


 あちこちに散乱していた廃材が、いくつか宙に浮き上がり、次々にこちらに向かってきた。俺は咄嗟とっさに身をかがめてそれを避け、地面にうずくまるような姿勢になる。


 大六が誦経ずきょうを止めた。両手の印はまだ結んだままだ。頭の中で声がする。


〈案外強いな…〉


〈えぇー…、ちょっとぉー、どうすんの?逃げるの?〉


 ついつい、大六に八つ当たりをしてしまう。


〈…唯人、俺は両手の印を解くことが出来ない。印を解いたら奴等逃げちまうからな。このまま一気にいく。……俺の眼を、唯人に貸すよ。この暗闇でも、どこから物が飛んでくるかわかるはずだ。その眼と自分の足を使って、あの妖怪女の攻撃をしのいでくれ。俺は今から集中する。口と両手をこのまま借りるからな〉


 そう言うと、電話を切ったときのように、大六との交信は出来なくなった。

 もう、やるしかないと思った。


〈……わかった。早めに頼む〉


 と心の中で言い、俺も覚悟を決める。

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