悪霊の使役

 その日の夜、寝ていると、夢の中に大六だいろくが現れた。


「いや、マジ危なかったな。」


 真っ白い何もない空間に、病院のベッドだけがあり、俺はそのベッドから起き座っている状態だ。不思議と違和感を感じない。


「『危なかった』じゃいんだよ、急すぎるんだよ。捕まえ方も教えてもらってないのに」


「いやー。寝込みを襲って一網打尽いちもうだじんにするつもりだったんだけど、周りが騒ぎ始めちゃったからなー」


「それ、最初の計画より、全然予定狂ってるじゃん。死ぬかと思ったわ」


「あはは、まあ上手くいったからいいじゃないか。それに、あーいうことは口で説明するのが難しいんだよ」


 確かにそのとおりではある。


「お前の力にも、少し期待してたからなあ、あのくらいならイケると思ってたんだ」


「全然イケてなかったよ、大六が全部やってくれてたじゃん。その辺は…ありがたいと思ってますけど」


 急に申し訳なくなって敬語になった。


「いや、お前の力だよ」


「……どこが?」


「俺は、お前の中にある力を使っただけだ。やり方が……、そうだな……そんなに一長一短いっちょういったんで身に着くようなもんじゃないのさ。今はまだ、お前自身で使えてないだけだ」


「……そうなのかなあ、そんな感覚、全くないんだけどなあ」


「お前が必要と思うなら、おいおいと教えてやるよ。今日のところは、俺はあの世に帰るからな。身代わりとして、こいつ等を置いていく」


 そういうと、VIPルームで捕まえた。2体の子供が現れた。普通の子供の容姿をしているが、恨めしそうにこちらを睨んでいる。


「こいつらはもう自分の意思とは関係なく、お前の命令どおりに動く。自由に使え。この辺じゃこいつらより大きい力を持ってる奴は、めったに居ないからな。夜、見張らせておけば、下等な霊に、ちょっかいを出されないですむぞ」


 子供たちを見ると、全く納得していない様子だ。今にもみついてきそうだった。


「この子たちが襲ってくることは無いの?」


「無いよ。その辺はもう力関係じゃなく〝決まり事〟だからな。逆らえないんだよ」


「そうなの?」


「そうだ。むしろこいつらにとっては、良いことしてやってんだぜ。この世で犯した数々の罪を、おまえの役に立つことでつぐなわせてやってんだ。このままあの世に送ってたら、地獄の中でも相当下の方に落とされてんだぞ、そく送ったあの四角い顔の小僧みたいに。」


「…うーん…、なるほど」


 何と無く言ってることは分かる。ここは素直にそのまま理解することにした。


「とにかく、お前が持ってる力というのは、そういうもんなんだ。悪霊、亡霊、怨霊をしたがわせることにけている。お前はそういう血統だ。覚えておけよ」


 そういうと大六は真っ白い空間を、後ろ向きで手を振りながら去って行く。






 夢が終わり、朝が来た。今日からは検査入院本番だ。


 2体の子供たちは、ベッドの両脇に立って、夜通し俺を守ってくれていたようだ。


 人の命を奪ってきた罪人であるのはひゃく招致しょうちだが、してくれたことへの感謝の念は、また別物なんじゃないかと思った。


「ありがとな、お前らのおかげでよく眠れたよ。戻って休んでいいよ。」


 と言葉をかける。自分で言っていて、(どこに戻るんだろう?)と思ったものの。彼らはスーッと姿を消した。 





 亀山先生が回診に来る。


「やー、体調はどうだい?」


 いつもの形式的な問診に答えてから、寝ている間に見た、大六の話をした。

 あれだけの目にあっていながら、先生の好奇心は健在けんざいで、大六と重なった時の身体的な状況を質問される。あれ?待てよ、これも検査の一環なのだろうか? 


 午前中から心電図を装着した。担当の医師が言う。


「普段の心臓の動きを知りたいので、激しい運動をしなければ、何をしてもいいですよ」


 とのことだった。精神科の問診も昨日に引き続き受けた。


 午後になり、暇なので、病院内の散歩に出かける。何気なく、子供らを呼んでみた。スーッと姿を現し、黙ってこちらを見ている。


 前の方から、たまたま良くなさそうな霊を背負った、入院患者が歩いてきた。俺は子供たちに聞いてみる。


「あの霊、何とか出来る?」


 二人とも、瞬間移動したかと思うと、その嫌な雰囲気の幽霊を、バリバリと食い始めた。


「わー、やめろー」


 その言葉に2体の子供は逆らえない。


「逃がしてやんなさい!」


 そういうと、渋々しぶしぶ食っていた霊体を手放すのだった。

 彼らは無邪気だった。善悪の感情が欠落けつらくしている。



 俺は小さい時から、いろいろな幽霊を見てきたから、何と無く想像がつく。

 一見、悪そうな幽霊も、実はその憑かれている人間に問題があることが多い。いわば、かれて当然の人物だということだ。


 今、子供たちが食おうとしていた幽霊も、実は生きている人間側が、いじめ抜いて自殺した霊なのかもしれない。そんなことを考えると、取り憑かれている側を、安易あんいに助けようとは思わない。


 この子等らは、生前、善悪を学ぶ時間も無く、死んでしまったのだろうと想像がつく。そうであれば、哀れな子供だと考えることも出来た。魂のしがらみは複雑で、真実を知るのは難しいと思った。

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