化け物を狩る①


 俺は心の中で大六だいろくとやり取りをする。


〈大六、この子供たちをどうやって捕まえるんだ?〉


〈寝込みを襲う……つもりだったんだけど……〉


 どうやらそののがしてしまっているようだ。3人の子供たちは周囲のざわめきで目を覚ましている。


 べッドに座っているのが坊主頭の男の子と、おかっぱ頭の女の子。立ち上がってるのがボサボサ頭の男の子。

 みんな同い年くらいである。着物にはがらや模様が入ってる。江戸時代というわけではなさそうだ。明治から昭和くらいの霊だろうか。

 3体とも青白い顔で、こちらをただ黙って観察している。


 そのうちベッドの上に立っていた、ボサボサ髪の男の子が、こちらを見据みすえながら他の2体に話しかける。


⦅こいつら俺らのこと見えてるみたいだぞ。どうする⦆


 座っている坊主頭の男の子も、こちらから目線をそららさずに言う。


⦅そうだよな、俺らのことわかるみたいだぞ、どうする⦆


 同じく座ってる、おかっぱ頭の女の子が、表情を変えずに、


⦅お兄ちゃんたちもこっちに来て、一緒に遊ぼうよ⦆


 と、機械仕掛けの人形のように言葉を発した。


 次の瞬間、女の子が消えたかと思うと、俺の目の前に姿を現し、その短い腕を、胸の中に入れてきた。


 急に締め付けられるような痛みが走り、立っていられなくて膝をつく。女の子は、手を突っ込んだまま、ケタケタと笑っていた。


 彼女の容姿はみるみる衰弱すいじゃくしていき、死臭をともなって、白骨化一歩手前の、骨と皮だけに変貌へんぼうした。目は腐り落ち、そこの部分がくぼんでいる。

 恐ろしい容姿になっても、笑っているは見て取れた。


 俺の心臓は、女の子にもてあそばれている。彼女は血液循環を止めたり、急に流したりしながら、心臓を牛耳ぎゅうじり、楽しんでいるのだ。


 罪悪感のかけらもない様子だった。この子たちはこうやって、この病室の人たちを、何人も殺していったに違いない。力が入らない……、俺は絶望感に襲われる。


〝このままじゃ死ぬ!〟


 そう思った時、自分の意思とは関係なく、両腕が勝手に動き、女の子をハグするように抱きかかえた。そして両手の指先が、不自然に組み合わさり、いで口から呪文が発せられる。


⦅オン ビロバクシャ ノーギャ ヂハタエイ ソワカ⦆


 すると、からみ合った指の中心から、金色の光が吹き上がり、心臓をもてあそんでいる女の子を包み込む。


 光は彼女をとらえたまま放さない。女の子も、何が起きているのか困惑している。


 その光は数秒で、みるみる小さくなっていった。俺の胸に入れていた彼女の手も、強制的に抜き取られ、女の子は包み込まれた光の内側から、バシバシと壁?を叩き藻掻もがいている。しかし、その光の収束は止まらない。


 女の子の姿は、光が小さくなるにつれ確認できなくなり、最終的に直径5センチくらいの神々しく輝く球体となって、俺の眼前に静止した。もう心臓の痛みは無い。


〝大六がやってくれたんだ〟そう思った。


〝この光の玉の中に、さっきまで心臓をつかんでいた女の子が、閉じ込められてるのか?〟


 一瞬のことで、理解が追いつかないが、その輝く球体は、俺の体の中に〝ス―ッ〟と入って消えてしまった。

 俺は自分の体に異変が無いかを、感覚を頼りに確認する。……異状は無いようだ。


 ひとまず、死なずにすんだことを安堵あんどした。そして、少し間を置いて恐怖がこみ上げる。


〝あのままなら完全に死んでいた。全くなすすべが無かった……〟


「はあ、はあ、はあ、ゴク…」


 今、対面しているモノの力の大きさ、油断のなさに動揺して、また呼吸が乱れている。脂汗もひどかった。


〈…大六…ありがとう。助かったよ〉


 心の中でお礼を言う。


〈ああ、落ち着いたか?……だが…本番はこれからだな……〉


 俺達は立ち上がり、あと2体の子供をにらみつける。




 俺は認識した。〝この子供らは殺人鬼である〟ということを。

 突然だった…問答無用で、こんなにも簡単に人を殺そうとする。

 周りで力無く叫んでいる、この血みどろの人たちは、きっと殺されてなお、とらわれているに違いない。


〈大六、この人たちを逃がしてあげないと〉


〈そのとおりだ唯人ゆいと、俺達でやるんだ。気を抜くんじゃないぞ〉





 残り2体の男の子は、唖然あぜんとしている。


⦅冴ちゃんいなくなった⦆


「冴ちゃんか?冴ちゃんは悪い子だからお仕置きだよ」


 俺の口を借り、大六が挑発した。


⦅冴ちゃんどこいっだああああああ⦆


 子供の声では無くなっていく。2体の男の子は急激に巨大化しだした。


 ボサボサ髪の男の子は、顔が正方形の座布団くらいの大きさに変化し、なまはげの様な、いかつい表情になった。体は引き延ばされて、手足も伸び、ひょろひょろとしている。


 もう一人の坊主頭の男の子は、顔、体を含めた、全てのパーツが、風船をふくらましたように大きくなった。そして、ちょうど、熊が立ち上がったような体型となる。


 2体とも全長が3メートル近くになっていた。当然、部屋に収まりきらず、肩が天井に当たり、顔も天井に引っ付いて、2体ともこちらを見下ろすような格好になっている。もう幽霊でも亡霊でもない。妖怪百科の挿絵に出てくるような〝化け物〟であった。


〈唯人!さっきみたいに印を組んでる時間がない――――〉


 大六が頭の中で説明しようとしているそばから、四角いなまはげ顔の方が、手をむちのようにしならせて、俺にたたきつけてきた。

 すんでのところでそれをかわし、尻もちをついてしまったが、直ぐに体制を立て直す。大六が説明の続きをする。


〈俺は右手に力を集中させる。お前は奴らに近づいて、奴らの体に触れてくれ。後は俺が力押しで抑え込む!〉


 具体的にどうなるのかは分からなかった。だが、〈分かった〉と彼の指示を受け入れる。


「亀山先生、早くこの部屋から出てください!」


 と俺は怒鳴った。もう何が起こるか分からなかったからだ。


 また、四角い顔が、連続で腕を振り回してきた。デンデン太鼓だいこに似た攻撃の仕方だ。避けきれずに、亀山先生ともども何発かくらってしまう。何とか持ちこたえられたが、バランスを崩してお互い倒れ込む。


「先生、大丈夫ですか」


「痛ぅ…大丈夫、これくらい…今は葦原あしはら君だね。」


 こんな時まで検証をしてるのか?あきれた先生だ。

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