亀山ドクターが見た世界

 葦原あしはら君の口調が変わり、彼は僕の腕を強めにつかんでいる。僕は驚きで目を丸くしながら彼のいうとおりにする。入口の扉を閉めると、ブラインドでとじられているその部屋は、暗闇しかない空間になった。

 大六だいろくという人格に入れ代わった葦原あしはら君が言う。


「ベッドの方をよーく見てみな」


 まだ、目が、闇になれていなかったが、ベッドがあるであろう位置に、目を凝らす。

 すると、僕の目が……というか、感覚なのかもしれないが、凝視しているその先に、白い人型を急速に捉え始めた。


 ベッドの上には、着物を着た子供が3人、スヤスヤと眠っている。幼稚園の年長さんくらいだろうか。とてもリアルに、クリアに見えるので、僕はそれがどういった現象なのか確かめたくなり、足を踏み出した。


「待った!」


 大六だいろく君?が、僕の掴んだ左手をギュッと引き寄せ、小声で制止した。僕は彼の方に、一度、振り返る。


 りんとした葦原あしはら君の顔をしているが、これは大六君だ。大六君があごと目線で、周囲をもう一度見るようにうながしている。

 僕は、またベッドの方に顔を向け、もっとよく状況を理解しようとした。


 3人の子供たちは、まだ眠っている。それとは別に、部屋の隅々でうごめくものがあった。うごめくモノは、赤黒く、ちょうど人間の静脈血のような色をして、どこからともなくき出して、増殖をしている。

 ベッド以外の床、壁、天井がびっしりと、そのドロドロに覆いつくされていく。我々の足元も例外ではない。

 ドロドロが、部屋全体を埋め尽くしたと同時に、それは人の姿へと形を変えていった。


 YIPルームは、小規模のライブ会場のように、赤黒い人型で埋め尽くされた。

〝観客は彼ら、主役は我々〟というところだろうか。彼らは我々に、猛烈に訴え掛けていた。


⦅助けて、助けて⦆⦅早く!⦆⦅私たち、この子らに捕まてるんです、自由にしてください⦆⦅家に帰りたいよー⦆⦅なんとかしてくれー⦆⦅あんたら、早く逃げた方が良い、早く逃げなさい⦆部屋の方々から声がする。


英生ひでお?⦆僕はその声のする方に振り向いた。そこには、他の、赤黒い人型と同様に、血を頭から浴びたような姿になっている小春がいた。


「小春!」僕は駆け寄ろうとして、再び大六君に制止される。彼は大きく首を横に振った。


「先生、だいたい分かったろ?唯人が見ているモノは、こういう世界だ。俺と唯人はあそこで寝てる、元凶げんきょうの3人のガキを、これから捕まえる。危ないと思ったら、ドアから逃げてくれて構わない。いつでも開くようにしてある」


 そう彼はいうとつかんでいた手を放した。

 彼との身体的接触が無くても、まだ幽霊の姿は見えている。

 小春のことは気になるが、今は大六だいろく君と葦原あしはら君とに任せた方がよさそうだ。


「わかったよ、任せるね」


 僕はそう言い、葦原君の後ろへと移動し、何かあれば、葦原君をドアの外に引っ張り出せるように位置取りをした。

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