医者と心霊スポットへ潜入

「お名前、教えてください」


「はい、葦原唯人あしはらゆいとです」


 俺は午後から、心療しんりょう内科の診察しんさつを受けていた。

 亀山先生が、検査の日程を変更してくれたおかげで、今日、装着するはずだった心電計を、明日にしてもらい、午前中は採血とCT、午後からは精神科医の問診もんしんを受けている。


 午後3時半に、亀山先生が病室に訪れた。


「じゃあ、例の場所に行こうか」


 俺は、病衣びょういのままでいいものか?と考えたが、普段着に着替えるのも場違いで、そのまま亀山先生について行く。

 その道すがら、目的の部屋がどういう部屋なのか、話しを聞くことができた。


「階数に限らず、1番奥の部屋っていうのはVIPルームになってるんだよ。偉い人や、高い部屋代を支払ってくれる患者さんが、入院する場所だね。実際は、ほとんど入室することは無い。だから、君がいた3階のVIPルームは、扉が開きっぱなしだっただろ」


「はい、散歩がてら、毎日とおってましたから」


「6階にも行ったことがある?」


「はい、同じ階をグルグル回っていてもつまらなかったので、階を替ながら散歩してました。その時、嫌な気配を感じたので、それ以来、近づきませんでしたけど」


「扉は閉まってたよね」


「はい、その扉の隙間すきまから黒い霊気のようなものが漏れてました」


「黒い霊気かぁ……」


 先生は、何かを考えているように、遠くを見ながら言った。


「あの病室ね、患者が死ぬんだよ」


 唐突に切り出される。


「死ぬって…、どういうことですか?」


「そのままの意味だね、死ぬ要素の無い人が、突然亡くなってしまうんだ。急性の心臓発作…、今では心臓突然死って診断されるけどね。実際はよく分からないんだ。6階は脳外科だからね、亡くなってから脳のCTをとっても、異常な所見が見当たらないんだよ。2年くらい前までは病室として使ってたんだけど、今は物置になっててね」


「何人くらい亡くなってるんですか?」


「僕が知ってるだけで6人だね。霊感の強い看護師がいうには、亡くなる前に、子供のはしゃぐ声が聞こえるそうだよ。子どもの影を見た人も結構いる」


 エレベーターが6階に着き、扉が開く。亀山先生はナースルームで、怪訝けげんな表情を浮かべる若いナースから、カギを受け取っていた。


「じゃあ、行こうか。心の準備…いや、お友達の準備はいいかい?」


 そうだった、(大六、大六さん。これから行きますよ)と心の中で呼びかける。すると、


⦅おう、じゃあ行くか⦆と、あまりにもあっさりと姿を現した。亀山先生と俺の間の、一歩下がった位置にいる。


「先生、今ここに、彼がいます」と指でさし示し、準備が整ったことを知らせる。


亀山先生は、その方向に振り向いて、「見えないけどよろしくね」と挨拶をした。どこまでも順応じゅんのう性の高い人だった。



 ドアからは、相変わらず、ドライアイスの煙のように、霊気が漏れ出している。

 亀山先生が開錠し、そーっと引戸を開けていく。部屋の中は、ブラインドを閉め切ってるせいで、隅々すみずみまで光が届かず、中の様子が全て確認できない。

 冷房を最大にして効かせているような、ひんやりとした冷たさと、かび臭い匂いがした。


 大六だいろくが⦅唯人、体借りるぞ⦆といい、早々そうそうに俺とかさなった。そして、俺の体を使って亀山先生の腕をつかむ。


「先生、俺は大六だ。」と小声でいう。


「中に入ったら、そ―っと扉を締めてくれ。先生のお望みのモノを見せるよ」


 大六と重なっている俺には、そこにいる悪霊の姿が、すでに見えていた。しかし、これは、悪霊と呼べるものなのだろうか……。  

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