大六の提案

〈!……、わかった〉


 大六だいろくは、反論もせずに従ってくれた。


 俺の口が、勝手におきょうか何かを唱えだす。右手が自然と動き、その指が指し示す場所に、順序良く、未成仏霊達が正座していくのだった。


 俺はベッドから出て、彼らの前に立つ。大六が言う。


〈こいつらの話を聞きたいのか?〉


〈そうだな、何で俺にいて離れなかったのか、聞いてみたいんだ〉


〈なら良い方法があるぜ〉


 そう言うと、俺の眼前がんぜんの景色が変わる。


 それは、今日、病院のエントランスルームで起きたのと、同じ現象だった。その対象が、この10体の幽霊に置き換わっているだけで、俺は一体一体が、ここにいたった経緯けいいを一瞬で把握はあくした。


 ――なるほど――、


 それぞれに、思うところはあるようだし、解決してやれることも、結構ありそうだった。俺は心の中で、未成仏霊たちに語り掛ける。


〈みなさん、事情があるのはわかりましたけど…、でも俺は高校生ですよ。最後にお母さんに会いたいだとか、あいつをらしめたいとか、自分を殺した犯人を捕まえてほしいとか……、無理なのわかりますよね。見ず知らずの人間が…、高校生がやることじゃないでしょ。本当に迷惑でしたよ。何のつもりで、寝ている人間を起こし続けたんですか?あんなやり方じゃ、あなたたちの気持ちなんて、何一つわかりませんでしたよ〉


 力になれないことを、きちんと説明しようと思ったのだけれど、文句が止まらない。


たよるなら、家族や親戚に頼るのが筋じゃないですか?その人たちにわかってもらえないなら…、それはもう、仕方ないじゃないですか。しょうがないって諦めて、あの世に旅立ってくださいよ。こっちの身にもなってみろよ。未練みれんがましいったらないんだよ〉


 怒りが治まらなかった。未成仏霊全員に向かって言っていたが、一人一人に話しをするなら、まだまだ文句は山ほどある…。そんな俺を大六がたしなめた。


唯人ゆいと…、唯人の言いたいことはもうこいつらに伝わってるよ……〉


 涼しい顔で大六だいろくが言う。あごで〝ほら見ろよ〟とうながしている。


 その言葉と態度で、冷静さを取り戻した俺は、正座している彼らを、改めて見た。

 ほとんどの霊は、涙を流して、申し訳なさそうにしている。


〈唯人が、こいつらの事情を感じたように、こいつらにも、唯人の言いたい事が伝わってるんだ。みんな、今は、生前の正気を取り戻している。そして死後の行いを反省している。お前にも分かるだろ。〉


 確かに、反省の念が伝わってくる。これでこの人たちは、あの世に旅立てるのだろうか?


 しかし、その中の1体は、まだ納得せずに、駄々をこねていた。大六が言う。

〈こいつは強制的にあの世に送るからな、頑固すぎる〉


〈……〉


 仕方ないと思った。その幽霊は、頑として自分の考えを改めようとはしない。誰かが幸せになったり、世の中が良くなっていくような、筋の通った頑固さではない気がする。


〈そうだね……。頼むよ、大六…〉


 そういうと俺の口から、またお経が唱えられ、抵抗する未成仏霊の周りに、無数の小鬼が表れた。小鬼たちは、藻掻もがいている魂をつかみ、病室の冷たい床にできた黒い空間に、ゆっくりと引きずり込んで行く。


〈どこに連れて行かれるんだ?あの世っぽくない感じたけど。〉


〈普通にくあの世じゃないけどな。まぁ、あの世っちゃあの世だよ。唯人はそこまで知る必要は無い。生きてる分にはどうでもいいことさ〉




 考えを改めない霊を、暗いあの世にしずめたあと、残りの9体は、病室の天井に出現した、光のれる空間から、普通に?あの世へと旅立たせた?のだった。


 大六が俺の体から離れる。俺は一気に疲労感が出て、ベッドに座り込んだ。大六が言う。


「……にしても、これじゃ切りが無いな。お前、またすぐに取り憑かれちまうぞ。そのたびに、こんな大掛かりなことしてたら、身がもたないだろ」


 どこを見ているのか、病室の壁を透過とうかして、外まで見渡すように大六がいった。


「どうすればいいんだよ。そういうのも抑えられないの?」


「そうだなぁ、俺もしょっちゅう来るの面倒くさいからなぁ…。結界でも張るか?」


「結界?そんなこと出来んの?」


「出来るけど、それには東西南北の四方に、いしずえになるような、強い柱が必要なんだ。明日は?いやもう今日か、暇はあるか?」


「今日は…暇じゃないと思う。安静にしてないといけないんじゃないかな?検査入院だから…」


「心電図だっけか?着けないといけないんだったな……。あの亀山って医者に、1日待ってくれって頼んでみろよ」


「亀山先生のことも知ってんの?」


「あぁ、見てたからな。なんだったら先生も誘ってやれ。面白いモノ見れますよって」


「そんなこと……言える訳ないよ……」


 急激に睡魔が襲ってくる。大六はそれを察しているようだった。


「今日のところは、俺がいてやるよ。疲れてるだろうからな、ゆっくり休むといい」


「あ、ありがとう。何だかもの凄く眠い……。時間があったら、どこに何しに行くんだよ?」


「そりゃぁお前、悪霊を捕まえに行くのさ。柱になるような、強力な奴をな」


〝そんなこと出来るのだろうか?〟と思ったが、この日を境に、俺と大六の悪霊狩りは、本当に始まっていくのだった。


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