被害者の気持ち

 場所を待合室に変えて、俺はあのとき何があったのかを、浅妻先生に包み隠さず説明した。

 どう思われようが、それで少しでもつぐないになるなら本望だった。


 先生は驚きを隠せない様子で、けわしい顔をしている。誰でもそうなるだろう。こんな突拍子とっぴょうしもない話、手放しで信じる方がどうかしている。


「じゃあ、そのナイフを持った幽霊が、流産の原因だったってこと?」


「そこまでは分かりませんけど、たまに授業中に現われて、先生をじっと見てたんです。毎回、ナイフでお腹を刺してたわけじゃありませんけど…」


「……そう……」


「服の感じが少し古いような気がします。なんというか…昭和って感じです。だから、先生に直接恨みがあるような印象はありませんでした。どちらかというと……」


 この先を話すのに躊躇ちゅうちょした。先生の気持ちを考えると残酷ざんこくな気がしたからだ。


「どうしたの?」


「いえ……、どちらかというと、先生のお腹を刺すのを楽しんでいたみたいです…、笑っていましたから……」


「…お腹に赤ちゃんがいるのを分かってて、そんなことしてるのかしら?」


 彼女の眉間みけんしわが寄る。


「今から思うと……狙っていたのは赤ちゃんの方じゃないかと思います…」


 浅妻先生は目を閉じ、手で顔を覆い、首を左右に振ってうなだれた。


「赤ちゃん、泣いてたんだよね。」


 彼女は目を潤ませた。言葉も少し震えている。


「…はい…」


「今、赤ちゃんどうしてるのかな。分かる?」


 俺は、今までそんなことをしたことも無いのに、テレビや動画に出てくる霊能者のように、浅妻先生の赤ちゃんの気配を探した。余計なモノはいっぱい見えるのに、赤ちゃんの姿は出てこない。


「すいません…分かりませんでした…」


 俺は頭を抱える。


「そう……」


 お互いに黙り込む。少し落ち着いてから、浅妻先生が席を立った。


「じゃあ、私これで帰るから、教えてくれてありがとう。退院したら、ちゃんと学校くるんだよ。あと、今回のこと、他の生徒には言わないでね、お願いよ。」


 勿論、これだけプライベートな話を、他人にしようとは思わない。「はい」と返事をした。


 俺は先生を見送るため、一緒に病院の玄関まで向かう。旦那さんは仕事で迎えに来れないので、タクシーで帰るのだそうだ。

 歩きながら話しをした。


「先生、俺には何もすることができません。神社でおはらいをするとか、お守りを買うとか、してみてください。」


「もうお祓いは何回もしてるんだよ。お守りもね…」


「……」俺はまた余計なことを言ってしまった。


 玄関の自動ドアが開き、二人とも外に出る。


「…でもさ、凄いよ、葦原あしはら君は。怖いこと言われたけど、私は葦原君が嘘ついてるとは思ってないからね。……もしさ、もし、将来、葦原君が、凄い霊能者になったらさ、そのナイフの男を捕まえて、いっぱいらしめてやってよね。」


 冗談ぶいて笑顔を作りながらも、また一筋の涙が先生の頬を流れた。

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